本当は怖いブラック本丸で双子生活 其の十

その金色の目に見つめられて身動きがとれなくなった私は、心から思った。

 

失敗したと。

 

 

 

 

本当は怖いブラック本丸で双子生活 其の十

 

 

 

 

朝、4時頃に目が覚めた姉は、外から聞こえる音に驚いて窓の外を見た。

ポタポタと雫が窓についていく。

雨だ。

 

この本丸に来てから、初めての雨だった。

 

畑を作ったこともあり、定期的に雨が降るように設定したから、雨が降るのは当然のこと。

 

しかし、姉はハッとする。

 

昨日、短刀達と粘土で遊んでいて、乾かすために一晩乾かそうと外に置きっぱなしにしていたことを思い出していたのだ。

 

姉は、焦りながら本丸へ向かった。

 

 

 


 

 

 

傘を差しながら、本丸の庭へ急いだ。

 

まだ少し薄暗いけど、周りが見えるくらいの明るさはある。

 

キョロキョロ辺りを見回す。

 

でも、昨日置いておいたはずの、短刀たちの粘土は見当たらなかった。

 

(誰かが中に入れてくれたのかな・・・)

 

そう思いながら、その場に立っていると、

 

 

 

「・・・主?」

 

 

 

後ろから、声をかけられた。

 

その声に振り向く。

 

そこには、いつものジャージ姿の、燭台切光忠が立っていたのだった。

 

 

「あ、もしかして粘土が心配で来てくれたの?天気が悪くなりそうだから、寝る前に縁側に入れておいたよ」

 

 

その言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。

よかった、さすがは気が利く男だ。本丸のオカンだ。

 

その時、ジッと自分から目線を外さない光忠の視線を感じて、ついつい見つめ返す。何か、変なところはあっただろうか?

不思議に思っていると、光忠が口を開いた。

 

 

 

 

 

「・・・きみ誰?」

 

 

 

 

 

その言葉で、ハッとする。

 

そうだ、焦っていて、いつものカオナシの衣装を着るのを忘れていたんだと、その時初めて気づく。

 

(どうしよう、)

 

焦って一歩、下がる。

 

そんな私に気が付いたのか、光忠が、サンダルを履いて近づいてくる。まるで濡れるのも構わないというように。

 

 

 

 

私は、徹底的にカオナシを貫くつもりだった。

それは、粟田口の子たちをガッカリさせたくないというのもあったけど、まぁちゃんと話し合って決めたことだった。

先日、まぁちゃんと話し合った時の会話が思い出される。

 

 

 

――――――「きみ、いつまでカオナシやってるの?」

そう聞かれたのがきっかけだった。

 

 

「いや、ずっとだよ。カオナシやめる気はないよ」

「秋田泣きそうだしな~。実は人間ですなんてばれたらいち兄に殺されるよきみw」

「・・・まぁそれもあるけど、それより殺されかねないのが、短刀ちゃんたちの太ももを見てニヤニヤしてるということだよね」

「変態すぎるわwww」

「あの太ももと膝小僧は世界遺産に登録したいくらい」

「やめろwww」

「あと、イケメンたちが仲良く戯れてたら普通にニヤニヤしちゃう」

「それはわかる」

「恥ずかしいじゃん、ニヤニヤしてるってばれたら」

「いや普通にニヤニヤしてる」

「そればれるの嫌なんだよ!」

「もう、誰に何を言われてもニヤニヤする」

「すごいなきみは・・・」

「筋肉とか見てもニヤニヤする」

「いや、わかるよ、そうなのさ」

「普通に全力でニヤニヤするよおらは」

「いや、それができないのさ、私は」

「大丈夫だよ、ちょっと冷たい目で見られるだけだよ」

「それが耐えられないんだって!!!あと一番はイケメン怖い!!!」

「怖いことないしょ、抱き着くよむしろ」

「なんで、きみ、あんなイケメンと一緒にいて平気なの!?もうカオナシ装備が当たり前になりすぎてて、カオナシかぶってないと怖くて会えないよ!?」

「いや、ほんと最高だなって思ってるよ、特に御手杵」

「うそだろ・・・もうイケメンなんて直視できないというか、それでも見たいからお面越しに見てニヤニヤすることしか私にはできない」

「まぁきみ男性恐怖症的なところあるからね」

「そうなのさ・・・」

「まぁ、慣れだと思うけどなぁ~」

「慣れる気がしない・・・」

「じゃあ一生カオナシで過ごしな」

「うん・・・そうする・・・」

 

 

 

 

 

(あんな会話をしたばかりだというのに!)

 

めちゃくちゃ反省して、頭の中が大混乱だ。

 

一歩、また一歩と近づいてくる、光忠に、後ずさりする

 

 

トン

 

 

と何かにぶつかった。私の後ろには木があって、もうこれ以上は下がれない。

 

ジッと私を見ながら近づいてくる光忠に恐怖する。その迫力に思わず、傘を手放し、両手で木を触る。

 

(イケメンがこっち来るよ・・・!!!こわい~~~~~!!!)

 

あまりの恐怖に身動きがとれずに、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 

 


 

 

 

そりゃあ初めは僕だって、人間の愚かさに絶望したさ。

 

僕を人の身として顕現した男は、まさしく人間のクズのようなやつだった。僕たちが”刀”だったからなのだろうか。完全にモノとしてしか扱われない。

人の身があって、感情や五感だってあるっていうのに、そんなことはお構いなしに、僕たちを傷つけてくる。

伽羅ちゃんが折られた時、僕はもう人間に期待することを止めた。

本当はたくさん料理をして、伽羅ちゃんに食べてもらいたかったし、もっとたくさんのことを話したかった。でも、それは叶わないんだと現実を知った。

だから、2人目の伽羅ちゃんが来た時は、特に関わろうとも思わなかったし、他の刀剣とも、表面上だけ上手くやっていけばいいって思っていた。

 

結局、前の審神者は三日月さんの手によって意識不明の重体に。その時たまたま監査がやってきて、問題発覚、逮捕になったわけだ。

その後も引き継ぎだかで、2人も審神者が来たけど、みんな三日月さんに切られた。

それについては全く何も思わなかったかな。人間たちの自業自得だと思っていたし。

 

だけど、3人目。あの小さな少女だけは違った。幻覚の術や、結界を駆使して、僕たちの本丸に居座った。そして、手入れをしなきゃ、今まで食べた美味しいものを発表していくなんて変わった脅しまでしてきて。

あきらかに今までとは違う彼女と、そのお付きのものは、あっさりと僕たちの懐に入って来て、そして、僕たちを侵食し始める。

だけど、それはなぜだか心地が良いもので。

 

どうせ彼女たちが出て行く気がないなら、こちらも利用しようとそのうち考えた。食事を作りたかった僕は厨に立つことを立候補して、使い勝手のいいようにしてもらう。

だけど、何も利益がないのに、無償で僕たちのために料理を教えてくれる彼を見ていたら、どんどん人の優しさや温かさが僕を満たしていったんだ。

それに、彼の作ったご飯は本当に美味しかった。僕が作ったものよりも何倍も、何十倍も。それは、僕たちを神として崇めてくれる、供物として食事を捧げてくれているような気持ちが込められていたから。

悔しいけど、僕が作るご飯より、彼が作ったご飯のほうがいつも人気があった。でも、一緒に作っている身としては、なぜかそれさえも嬉しくて。

 

だから、みんな薬研くんの例の事件によって審神者に心を許すきっかけになったみたいだけど、僕はね、あの事件よりも前にきみのほうに心を開いていたんだよ。

 

 

 

カオナシくん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――いつもより少し早く目が覚めてしまったから、ご飯の準備を早めにしようかと体を起こした。

 

雨が降っていたから、昨日短刀くんたちの粘土をしまっておいて良かったななんて考えながら、

どれだけ雨が降っているのかと、たまたま縁側の雨戸を開けた時だった。

 

薄暗い闇の中に、少女の姿を見つけた。

思わず「主・・・?」と口に出ていたのは、この本丸に女の子と言えば、主しかいないから。

 

きっと、短刀くんたちの粘土が心配になったのかなと思い、

 

「あ、もしかして粘土が心配で来てくれたの?天気が悪くなりそうだから、寝る前に縁側に入れておいたよ」

 

そう言った時に気が付いた。

 

ホッとした顔をした彼女は、いつもの明るい彼女とは少し違うことに。

そっくりだったんだ。背格好も本当によく似ていて、主と見間違うくらいに。

 

だけど、いつも明るく自信に満ち溢れた活発な霊気を発している主とは違って、なんというか、もっと穏やかで心地よくて、とても優しい霊気を感じ取った。

 

 

 

 

僕はこの霊気を知っている。

 

 

 

 

 

「・・・きみ誰?」

 

 

 

 

 

そう、声をかけて、そこにあったサンダルを履いて外に出る。濡れることなんて、全く考えていなかった。

 

僕が近づくと、彼女の顔は歪み、一歩一歩ゆっくりと後ずさる。

 

彼女の下がった先には、木があったから、これ以上は下がることが出来ない。

 

かなり動揺しているようで、傘を落とした彼女にそっと近づく。

 

 

 

 

彼女の目の前にやってきて、すぐにわかった。

 

だって、僕は毎日、一緒に料理をしているからね。

 

もし、カオナシくんが本当に式神で、僕が彼女と初対面であるなら、彼女は僕を見てこんなに困惑はしないと思った。きっと普通に挨拶をする。

 

少し怯えた様子で、僕を見上げる彼女の様子が、答えなんだろう。

 

 

 

 

僕は、身動きの取れない彼女を追い詰める。

 

(なんだ、)

(女の子だったんだ、)

 

彼女が逃げられないように、木に両手を付ける。

 

 

近づくと、余計にわかる。やっぱり、この心地の良い霊気は、いつも厨で、隣で感じているものだと確信した。

 

 

僕は、彼女の耳元に口を寄せると、

 

 

 

 

 

「きみ・・・カオナシくんだろ?」

 

 

 

 

 

そう、呟いた。

 

 

 

 

 

その瞬間、

 

 

 

 

 

彼女からものすごい気が放出された。

 

僕はそれに驚いて、少し彼女から距離をとる。

 

そして、

 

 

 

 

ドン

 

 

 

 

彼女は、僕を押して、離れのほうへ走って行ってしまった。

 

 

(ああ、逃げられた、)

 

 

なぜか冷静にそんなことが頭を過ぎる。

 

 

彼女を困らせたかったわけじゃないから、しつこく追うようなことはしない。彼女を怖がらせてばかりじゃ格好悪いからね。

 

 

 

 

 

「ふーん・・・」

 

 

 

 

僕が呟いたその一言は、雨の音でかき消されたのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

姉は、焦っていた。

まさか、バレると思っていなかった。よりによって、毎日顔を合わせている、光忠、にだ。

 

 

とにかく、逃げようと思い、ありったけの霊気で威嚇して逃げてきてしまった。だけど、そうするしかなかったのだ。それしか、できなかった自分に、肩を落とす。

 

 

離れについて、まずは、濡れてしまった体をタオルで拭き、服を着替えた。

それから、妹が起きるまで、ぼーっと妹を待つ。

 

そして、妹が起きてから、姉は泣きついた。

 

 

 

「やぁ、きみ今日は早いね」

「・・・」

「・・・どうした?」

「・・・どうしよう・・・ばれた・・・」

 

 

なぜだか、姉は悲しくなって涙が出てきた。

それほどまでに、彼女の中でカオナシという立ち位置が大きくなっていたから。

 

カオナシという存在であるからこそ、いろいろ見えてくることもあった。

確かにあまりみんなと話せないのは正直寂しいけれど、しかし、それでも見ているだけでもよかった。自分が緊張しやすく、人見知りであることはわかっていたからだ。

みんなが妹を主として見て、自分はただの式神だと思っていてもいい。

それよりも、何よりも、カオナシが人間だとみんなにバレてしまった時が怖かった。

 

 

 

姉は妹に一部始終を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・マジかよ」

「・・・どうしよう・・・なんでバレたんだろう・・・」

「っつーか、あいつそういうキザなこと普通にやるよなwww」

「キザって・・・」

「壁ドンとか知らないはずなのに、自然にやってきたんだろうwしかも、耳元で囁くとかwwwほんと、天然ホストだなwww」

「笑いごとじゃないよ!!ピンチだよ!!」

「いいじゃん、きみ、光忠一番好きだろ」

「好きってなに!?」

「いや、完全にきみの好みじゃない?きみ一番顔好きだろ」

「わぁぁぁぁバレてたぁぁぁぁ」

「いや、私にはバレバレだよw」

「でも、きみみたいに結婚してとか思ってないからね!?」

「え、めっちゃ結婚してほしいよ御手杵」

「そういうんじゃなくて!!顔は好きだけどさ!!そういう好きじゃないというか・・・ってかむしろ怖いんだよ!!」

「何が?」

「イケメンすぎて怖い!!!!」

 

 

そう言いながら、姉はクッションに顔を突っ伏した。

 

 

「どうしよう~~~ご飯作りに行くから毎日会わないといけない・・・」

「もう作りに行かなくていいしょ」

「いや・・・作るって約束だから作らなくちゃ・・・」

「(真面目だな)」

「でも・・・会うの怖い・・・」

「でも同じ土地にはいるから、絶対会うからなw」

「このまま家から出たくないよ(つд⊂)」

「きみが引きこもってたら、短刀達が悲しむ」

「それはダメだ」

「ダメだろう、げんきんだしなよ」

「・・・でも、本当にどんな顔して会っていいかわかんないよ・・・」

「大丈夫だって、気にすんなよ」

「気にするっつーの」

「それより、きみ、ちゃんと髪乾かしたのかい?」

「タオルで拭いたよ」

「ダメだよ、ちゃんと髪の毛乾かしなよ。なんならお風呂入って温まってきなよ」

「なんかそんな気分じゃないよー」

「風邪ひいても知らないよ」

「うううううう」

 

 

 

なんだか、光忠と顔を合わせたくなくて、しばらく家でうだうだしていたものの、結局は、お昼ごはんを作る時間になってしまったわけで。

真面目な姉は泣く泣く、厨に向かうのだった。

 

 

 


 

 

 

厨に恐る恐る入ると、

 

「やぁ、カオナシ、来てくれたんだね」

 

笑顔の歌仙に出迎えられた。

 

そして

 

「カオナシくん、いつもお手伝いご苦労様」

 

と、光忠も微笑む。

 

 

(あれ?)

 

 

姉は拍子抜けする。

あれだけ悩んでいたはずなのに、光忠は何事もなかったような顔で接してきた。

 

 

「どうしたの?今日のお昼はグラタンの予定だったろ?」

 

 

首をかしげながら、作業をする光忠。

朝の光忠とは違う。そこにいるのは、いつも通りの光忠だ。

 

 

(普通だ・・・)

 

 

なんだ、自分の気のせいだったのかと思い、作業を手伝う。

やっぱりあれは妹だと思ってくれたんじゃないかと自分の都合の良いように解釈する。

そうだ、きっとそうだ。

 

姉はホッとしながら、手を動かし始めた。

 

 

 

――――――― お昼が無事に終わり、みんな午後の仕事に取り掛かった。

 

光忠、歌仙、カオナシの3人は後片付けを行いながら、夕飯の下ごしらえを始める。

もちろん、料理用の式神たちをたくさん厨に配置したので、かなり準備は楽になったが、それでも50人近い人数だ。それに、量もかなり食べる男たちばかりときたら、準備も早めに行わなければいけなかった。

 

3人で、次の日の献立も決めてしまおうと相談していると、

 

「歌仙、ちょっと目利きを頼みたいんだが」

 

蜂須賀が歌仙を呼びに来た。

 

「ああ、いいよ、ちょっと席を外してもいいかい?」

「もちろん、どうぞ」

「献立は2人に任せるよ。カオナシ、あまり肉類ばかりはやめてくれよ」

(コクリ)

「では、式神たちもあとを頼んだよ」

 

そうして、歌仙が厨を去り、光忠と2人きりになった姉だが、周りには式神もいるので気にする様子もなく、片付けをする手を休めない。

ただ、いつもは2人きりでももっと饒舌な光忠がやけに静かだった。

 

なぜかそこに、沈黙が流れる。

 

気まずい。

 

さっさと、片付けを終わらせて、献立も考え、戻ってしまおうとしか考えられなくなった姉は、必死に手を動かす。

まわりの式神たちも懸命に働いてくれているのが見える。今は、彼らの働きが心強い。

 

もうそろそろ、終わるぞと意気込んた時、

 

 

 

 

 

「・・・そういえば、忘れて行った傘、僕が持ってるよ」

 

 

 

 

 

ガシャーン

 

 

 

 

 

耳元で、光忠の声がして、姉は思わず持っていたものを落とす。

よかった、鍋で。

 

しかし、拾う事もできないまま、姉は固まってしまっていた。

 

 

 

 

 

(やっぱり、)

(バレてんじゃん!!!)

 

 

 

 

 

「あーあ、大丈夫かい?足にぶつかってない?」

 

そう言いながら、光忠が鍋を拾ってくれる。

 

その隙に

 

 

 

ダッ

 

 

 

姉は再び逃亡した。

 

 

なんだか、頭もぼーっとして何も考えられないし、もう逃げることしか出来ないと思いながら、全速力だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

次の日――――――――

 

 

 

「え!?風邪!?大丈夫なの?」

 

 

 

雨に濡れて、そのままにしていたせいで、姉は熱を出していた。

 

審神者が珍しく朝食を本丸でとっているから、何事かと思ったら、カオナシが風邪をひいたから今日はこっちで過ごすということらしい。

 

 

 

秋「えぇ、カオナシさん大丈夫ですか!?ボクお見舞いに行きます!」

ま「秋田、大丈夫だよ。寝てた方が楽みたいだからゆっくりさせてあげて」

一「主は大丈夫ですか?お体の悪いところは?」

ま「アタシは元気だよ。移ったら困るから出てけって言われちゃったよ。アタシも風邪引きやすいからねぇ~」

清「主!!死んじゃやだ!!」号泣

安「寝てろおらぁ!!」号泣

ま「落ち着け、アタシは風邪ひいてない」

太「・・式神でも風邪を引くなど、初めて聞きました」

ま「いや、カオナシは・・・弱い。めっちゃひ弱だ。アタシよりひどい。あの人は体が弱い」

歌「食事は大丈夫なのかい?」

ま「あんまり食欲ないっていうから、おにぎりだけ作ってきた~。飲み物はたくさん置いてきたから大丈夫だと思う。飲み物ありゃ何も食べなくても死なないよ」

薬「だが、薬を飲むなら何かを食べたほうが良い。どれ、俺が行って来てやろう」

ま「だめ」

薬「なぜだ?大将」

ま「カオナシネテルカラ、イカナイデ」

後「なんでカタコトなんだよ」

ま「とにかくダメなのさ。ほんと、行かないで。カオナシの風邪は神様にも移る風邪だから、誰か一人でも移ったら、全員に移るよ」

石「そんな風邪きいたことないけどな」

ま「現代には恐ろしい病気がたくさんあるんだよ!インフルエンザとかヘルパンギーナとかアデノウイルスとか!」

乱「なにその病気!全部外来語!」

薬「そいつは興味深いな」

一「それでは、カオナシ殿が治るまでは、誰も離れには近づかないということにしましょうか。主も、よければ本丸でお過ごしください」

ま「心配だから、夜は帰るよ」

清「やだ!主に移ったらどうするの!?一緒に寝よう主!!」

ま「だってカオナシ心配だろうが!!そんなこと言うなら同田貫と一緒に寝てろ!」

清「やだ!汗臭い!」

狸「あ゙あ゙!?」

ま「アタシは御手杵と寝るよ」

御「・・・え、無理だろ・・・」

ま「結婚して」

御「・・・あんた本当にめげないな・・・」

ペ『ご結婚ですか?おめでとうございます!』

ま「ありがとうございます!」

山「ペッパーくんは人を祝うことが出来ていい奴だな」

 

 

 

とにかく、誰も離れには近づかないこととということで、しばらくは離れから、賑やかな声を聴くことはないだろうと誰もが思った。

当然、出陣もなくなったので、何をしようかみんなで相談を始めたのだった。

 

 

 

 

――――――― 一方、姉のほうは、

 

自分の不甲斐なさに後悔しかしていなかった。

体が弱いのに、雨に打たれてそのままにして、完全に自分のミスだったと。

 

久々の熱で頭がぼーっとする。

 

妹に移ってしまうことが心配なので、かなりごねていたが、本丸に行ってくれたことは良かったと姉は思う。

 

一人ぼっちの部屋に、時計の針の音だけが静かに響く。

 

寝不足だったこともあるのだろう。瞼が重い。

姉は、静かに目を閉じた。

 

 

 


 

 

 

 

(・・・あれ、今何時だろう・・・)

 

 

目が覚めてぼーっと天井を見る。

 

 

「気が付いたかい?」

 

 

その声に驚いて、その声の主を探した。

そこには、

 

 

(!?)

 

 

心配そうに自分を見ている光忠の顔が見えた。

あまりの驚きに、体を起こそうとする。

 

しかし、「まだ寝ていて」とそれは制止されてしまった。

 

 

 

「…体の調子はどう?」

 

 

 

少し、気まずそうに聞いてくる光忠をただただ見つめ返すしか出来なかった。

何も話さない彼女を前に、諦めたように先に光忠が口を開いた。

 

 

「風邪引いたって聞いたから・・・心配で。鍵、開いてたから勝手に入っちゃった。ごめんね。何か作るよ?食べたいものある?」

 

 

その言葉にフルフルと顔を振る彼女の目線の先には、妹が作ったおにぎりが置いてあった。

 

 

「そっか、おにぎり、まだ残ってるんだね。じゃあ、りんごでも剥こうか?」

 

 

またフルフルと首を振る彼女に光忠はただ、苦笑するしかできなかった。

どうしても、自分は彼女を怖がらせることしかできないようだ。

 

 

「・・・・・・傘、玄関に置いておいたからね」

 

 

その光忠の声を聞いて、やっと、彼女は声を出した。

 

 

「・・・ごめんなさい」

 

 

その言葉に光忠は驚く。

彼女を傘を忘れるくらい怖がらせたのは自分だし、こうして離れに勝手にやってきたのも自分だ。彼女に非があるわけじゃないのに、どうして謝るんだろうと不思議に思った。

 

 

「・・・いや、きみが謝ることはないよ。僕こそごめん。怖がらせたよね。」

 

 

そういう彼女はまたフルフルと顔を振りながら静かに口を開く。

 

 

「騙して、た、から・・・。みんなカオナシのこと、式神だと思ってたのに、私は本当は人間で・・・。ガッカリさせちゃったから・・・。」

 

 

熱があるからか、いつもよりも不安定になっている彼女はポロポロと涙を流した。

光忠は、急いで彼女に近づき、涙を拭おうとするが、「きちゃだめ」と弱弱しい声が聞こえたため、グッと我慢する。

 

 

「・・・騙されたなんて、思っていないよ。何か理由があったんだろう?・・・それに、きみの優しい手は、いくら姿を隠していてもみんなには伝わっているから大丈夫だよ」

 

 

光忠のその言葉に、ジッとこちらを見る彼女。どうやら、姿を隠していた理由は、言うつもりはないらしい。

少し、苦笑した顔で光忠は言う。

 

 

「・・・言うつもりはないよ、誰にも。カオナシの正体がきみであることは。だから、安心して」

 

 

その言葉を聞いて、やっと少し安心したような顔を見せる彼女に安堵した。

 

 

「・・・このことは、僕とキミだけの秘密にしよう。何かあれば僕に相談して?今は無理かもしれないけど、ゆっくりでいいから。・・・ちょっとずつでいいんだ。僕は、カオナシじゃないきみと、もっと話がしてみたい」

 

 

驚くように光忠を見ていた彼女は、恥ずかしかったのか布団で顔を隠した。

熱のせいだろうか、先ほどよりも頬が赤い気がする。目も、泣いていたから潤んで見える。

 

 

 

(ああ、溜まらないなその顔)

 

 

 

思わず光忠は彼女に近づき、そして、頭を優しく撫でた。

 

 

 

「今は、体を治すことだけを考えよう。さ、もう少し寝たほうが良いよ。・・・キッチン借りるね。りんご、剥いていくから」

 

 

 

そういう光忠に「・・・ありがとう」と呟く彼女の声を聞いて、満足そうに笑った光忠は部屋を出る。

部屋を出てから、溜まらず口元を手で覆った。

 

 

 

(僕だけが知っている彼女の秘密、)

(まずいな・・・)

(まずは・・・警戒心をといてもらうところから始めようかな・・・)

 

 

 

そうして、光忠は、彼女のためにリンゴを用意する。

その姿は、まるで、恋をしている姿・・・なんて可愛いものじゃない。

獲物を狙っている獣のように、舌なめずりをして、光忠はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

その様子をこっそりと見ていたこんのすけは、姉の体調が良くなるまで、彼女の側から離れることはなかった。

 

 

 

 


 

 

 

【余談】

 

 

 

 

「なに・・・してるの?」

 

 

 

本丸に戻った、光忠が目にしたのは、審神者が地面に手をついて落ち込んでいる姿だった。

 

_| ̄|○

 

周りには、短刀たちと、1つの椅子が。

そして、大きな刀たちは、その様子を爆笑しながら見ていたのだった。

 

 

 

「くそぉ!!また負けた!!!」

 

地面を思い切り叩いて悔しがる審神者の姿に、みんな声も出せないほど笑い転げている。何があったのだ。

 

「おお、光坊どこに行っていたんだ?」

 

そういって鶴丸が近づいてくる。「鶴さん、」と光忠は鶴丸を見た。

 

「実は今日の出陣がなくなって、暇だと話していたら、主が短刀達と椅子とりげえむというものをすると言ってな。音楽が止まったらイスに座るというげえむなんだが、なんせ外用の椅子が1つしかなくてな。大人数で椅子を奪い合うことになったんだが、主の起動が遅すぎてな!短刀達に一度も勝てなくて、悔しがっているというわけさ」

 

そりゃあ機動力が桁違いの短刀たちに人間が勝てるはずないと光忠は思った。

 

 

 

ま「ばっか・・・!ばっか薬研!ばっか!少し遠慮しろよ!!『大将のためにこの命使うぜ』とか言ってメソメソ泣いてたくせに!」

薬「それとこれとは話が別だぜ、大将」

ま「後藤だって・・・!私の初期刀なんだから、もっと私に優しくしろよ!!」

後「いや・・・大将を勝たせるほうが、椅子取りげえむで勝つより難しいぜ・・・」

ま「ばかやろー!音楽止まって一瞬で誰か座ってるってどういうことだよ!!」

今「いっしゅんじゃないですよ、あるじさま」

ま「え、」

虎「ぼ、ぼくたち、1つの椅子を賭けて、みんなで勝負してます・・・」

ま「え、」

乱「早くて見えないかもしれないけど、椅子の前でみんなでジャンケンして、勝った人が座ってるんだよ」

ま「え、」

小「・・・僕、石切丸さんより遅い人、初めて見た、かも・・・」

ま「え、」

薬「大将・・・悪いが、大将が俺たちに勝てる日は来ないからな」

ま「なんだよそれーーーーー!!!!」

 

 

ひどいよ~~~~~!!とまたぎゃーぎゃー騒ぐ主に、やっぱりみんな大爆笑で。

短刀にまで遊ばれる主を見て、

 

(やっぱり、そっくりなのに、彼女と全然違うんだな・・・)

 

そう心の中で思っていたのであった。

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