本当は怖いブラック本丸で双子生活 其の八

目の前には、見たことがない恐ろしい異形のもの。

あちらこちらで交わされる刀たちがぶつかる金属の音。

ごろりと落ちる首。

飛び散る鮮血。

 

どうしてこうなった。

 

 

 

本当は怖いブラック本丸で双子生活 其の八

 

 

 

その日、部屋の増築について刀剣たちと相談しようかと、1人でフラフラ本丸に向かっていた。

ちょうど庭を通りかかろうとした時、その人の姿が見えた。

妹は走り出す。

 

「御手杵ーーーー!!!俺だーーーーー!!結婚してくれーーーー!!」

「げっ!」

 

その姿を見て、驚いた顔をする御手杵。

周りにいた刀剣たちも顔を歪ませる。

 

ピョン

 

と、審神者は御手杵に抱き着いた。

 

「ダメだって!今からしゅつじ・・・」

 

その御手杵の言葉と共に、時空の扉が開く。

そのまま刀剣たちと共に、時空の中に吸い込まれてしまったのだった。

 

 


 

 

審神者が目を開くと、そこは見たこともない場所だった。

ここはどこだろうと、辺りを見回す。

少し離れたところで敵と交戦している刀を発見し、そこでやっと、戦場に来てしまったことを理解した。

やっちまたっと言わんばかりに、その場に手をつく。審神者が戦場についてくるなんて聞いたことがない。

どうしようかとぼーっと刀剣たちを見ていると、ある程度敵を殲滅したのか、みんながやってきた。

 

「主!!ご無事でしたか!!」

 

一番にやってきて、自分の前に膝をついたのは、忠犬長谷部。

とりあえず怪我などはないようだ。

 

「うん、大丈夫」

「そうでしたか」

「ここどこ?」

「鎌倉ですよ」

「鎌倉・・・神奈川か!!」

「か、神奈川・・・?」

「よし、観光して帰ろう」

「か、観光など・・・!」

 

そう焦る長谷部の後ろから、

 

「なぁ、頼むから大人しくしといてくれよ」

 

そういう御手杵の声が聞こえて、審神者はまた御手杵に抱き着いた。

 

「怖かった!」

「いや、うそだろ」

「うん、うそだよ」

「あ、主・・・!お、御手杵に、なぜ・・・!」

 

それを見た長谷部は顔が真っ青になっている。なぜ、俺ではなく御手杵なんだと言わんばかりだ。

 

「んじゃ、一回帰還するか」

 

その声の先を見ると、そこには、薬研藤四郎がいた。

その後ろには一期一振、太郎太刀、歌仙兼定の姿があった。

 

「さすがに生身の人間にはここはこたえるからなぁ、帰還しようぜ」

「え、それは大丈夫」

「主、危険です!一度戻りましょう!」

「いや、大丈夫」

「なんでだよ、言う事聞けよ」

 

御手杵にそう言われ、審神者は一度御手杵から離れた。

そして、

 

審神者の周りに光が集まる。

 

「結界張ったから大丈夫」

 

そこで一同は、「そういえば、結界はれるんだった」と思い出す。4振の刀に同時に責められても破られることのない結界だ。きっと、この戦場でも、その効力があることは間違いないのだろう。

 

「・・・しかし、やはり主には見せることが出来ません」

「なんで」

「血や首が飛ぶような生々しいものを、主に見せるわけにはいきません」

「・・・確かに、女人にそのようなところを見せることはできません」

 

そう、一期一振も言葉を告げる。審神者のことをあまりよく思っていなくても、フェミニストの彼はさすがにこの戦場を見せるわけにはいかないと思っているのだ。

 

「そうだね、こんなに血にまみれるところを見せるのは雅じゃない」

 

最近、何かと審神者と話すことが多い歌仙も心配しているようだ。

しかし、審神者は譲らない。

 

「いや、大丈夫」

「きみは何をもって大丈夫だと言っているんだい」

「邪魔はしないから~~~!!ここにいたい~~~!!」

 

そう言いながら、審神者は地面に寝ころび足をバタバタさせる。結界のおかげで服は汚れてはいないが、雅じゃないと歌仙は呟く。

 

「審神者殿、なぜ、そこまでして帰りたくないと言うのですか・・・」

 

今まで一言も話さずにその場を傍観していた、太郎太刀が口を出す。帰りたくないとダダをこねるほど、なぜこんな戦場に残りたいのかがわからなかったのだ。

審神者は、もう地面に突っ伏しながら、叫び出した。

 

「・・・見たいからだよ・・・」

「え、」

「御手杵が戦ってるカッコイイ姿見たいからだよ!!!!!!」

 

顔を上げずにそう叫んだ審神者に一同呆然。

続けて、

 

「絶対に帰らない!」

「こんな機会もうないから!」

「しっかり目に焼き付ける!!」

「邪魔はしない!」

「10m以上離れたところにいるから!!」

「ちゃんと隠れてるから!!」

「お願いします!!」

 

そう叫んだ。

 

「こりゃ、帰りそうもないな・・・」

 

そう薬研が呟いて、一同顔を見合わせて覚悟を決めた。

 

 


 

 

審神者は本当に離れた場所からその様子を見ていた。

いくら結界があるとは言え、自分が近くにいることで彼らの気が散ってしまうのはわかっていたからだ。戦場ではわずかなことが命取りになる。それは充分に理解していた。

だから、本当に物陰に隠れ、10mどころか50mは距離をとり、刀剣たちの戦いを見守っていた。豆粒のような大きさだが、それくらい離れないと、危ないと言われたのだった。敵も素早いので見つかったらすぐに審神者が危険なのはわかりきっていたからだ。

 

「かっこいい・・・」

 

血は苦手だ。

だけど、彼らは強い。鎌倉くらいなら、傷一つなく大将首をとれるくらい強い。少し自分たちの練度よりも低めの時代を選択してきているからだ。

彼らにつく血は全て、返り血だった。

一方的に、時間遡行軍を倒していく彼らをしっかりと目に焼き付けていた。

 

「ああ・・・カメラ持ってくれば良かったな・・・血怖いけど・・・」

 

そうブツブツ口に出す。

平和な時代に育った彼女は、戦なんて見るのは初めてだった。

だが、命をかけて戦う姿というものは、目を奪われる何がある。戦場で駆ける彼らは、今まで見たこともないくらい鮮麗な顔つきをしていて、すっかり心を奪われてしまった。御手杵に。

 

「近くに行きたいーーーー!!近くでみたいーーーー!!」

 

そう悶えながら、みんなが戦っているところを見ていると、

 

(!?)

 

戦場の空気が突然変わった。

 

空には、雷雲が立ち込めていて、ゴロゴロと音を鳴らしている。

 

嫌な予感がした。

背筋が凍るような雰囲気に、彼らに目をやると、その感覚は彼らにも伝わっていたようで、みな警戒をしているようだ。

 

ゾクリ

 

一際大きな悪寒を感じたと思ったら、

 

ズルリ

 

空間が開き、中から人とは違う、異形のものが顔を出した。

 

(な、に、あれ・・・)

 

驚いた。あんなにおぞましい雰囲気は初めて感じる。あきらかに先ほどより殺気も増えた。奴らは、こちらを殺そうと本気になっているのがわかった。

 

(時間遡行軍?いや、違う・・・)

 

研修の時に聞いたことがある。時間遡行軍とは違う、第三勢力。現れる時は雷雲がなるということ。長曽祢虎徹と浦島虎徹が捕らわれていて、まれにドロップするという・・・

 

「・・・けびいし・・・」

 

思い出したように、審神者は呟く。

検非違使と交戦し始めた彼らは、どうも圧されているように感じる。確か、検非違使は時間遡行軍と強さが違うと聞いたことがある。下手すれば折られると。確かに本丸の刀剣男士たちは長曽祢虎徹と浦島虎徹を手に入れるために、検非違使と戦い何度も折られていた。だからこそ、検非違使を避けていたはずだった。

 

手に汗を握りながら、審神者は戦いの様子を見守る。爪が手のひらに刺さるくらい、強く握り締めながら。

その場に行って、みんなに結界を施そうがとも考えた。

しかし、自分が近づいた一瞬の油断で、彼らに何かあったらと思うと動けなかった。

結局は、彼らを信じるしかないのだ。

 

ハラハラしながら、その様子を見る。

ケガを追いながらも、1人、また1人と、敵の数が減っていく。

 

(あと少し、)

 

祈るように、両手を組んだ時、

 

 

 

ブシュッ

 

 

 

血の吹出す音と共に、倒れる少年の姿が見えた。

 

薬研藤四郎だ。

 

それに近づく、一期一振。

 

薬研藤四郎を傷つけた敵は、仲間を切られて静かに怒る太郎太刀によって倒された。その一太刀で、検非違使を殲滅させることができた。

 

しかし、こちら側の被害もかなり大きかった。

 

 

 

敵がいなくなったところを見計らって、物陰に隠れていた審神者はその場に立った。

一期一振が、懸命に声をかけている姿が見える。みんなも心配そうに薬研藤四郎の周りに集まる。

 

 

 

審神者は考えていた。

 

ぐるぐるとずっと考えていた。

 

 

 

薬研藤四郎がやられた時にすぐに頭に過ぎったのは、”手入れをしよう”と言う事だった。

 

しかし、手入れ部屋でもなく、道具もなく、ましてや手入れが苦手な自分だ。失敗はできない。

 

だから、やり方を思い出していた。絶対に薬研藤四郎を折らない、絶対に治してみせる。

 

そう思いながら、静かに、彼らに近づいたのだった。

 

 

 


 

 

 

薬研藤四郎が見ているのは、大好きな兄の泣き顔だった。

 

(泣かないで、くれよ、いちにい・・・)

 

そう口にしたくても口に出来なかった。

自分の口から出るのはヒューヒューという息遣いだけ。

言葉を発することができなほどの重症だった。

 

おそらく、帰還する前に自分は折れるだろうと、薬研藤四郎は思った。

少しでも動けば折れる。

だからこそ、誰も薬研藤四郎を動かすことができなかったのだ。

 

完全に自分のミスだと思った。

突然出てきた検非違使に短刀の自分は反応できなかった。短刀には少し難しい時代であることはわかっていたが、どうしてもと言ってついてきた。まさか検非違使が出るとは思っておらず、完全に油断していた。戦場で油断することは命取りになるとわかっていたのに。

 

ふと、頭を過ぎるのは、他の藤四郎の兄弟たち。

 

(あいつら、きっと泣くだろうな・・・)

(また、悲しい顔をさせちまう・・・)

(絶対に、もう、泣かせないって思ってたのに・・・)

(ごめんな・・・)

 

そして思い出される、

 

本丸に新しくきた審神者の連れであるカオナシのこと。

 

カオナシが自分に差し出したお守りを思い出したのだ。

 

あの、暖かく、清らかなお守り。

まだ前任者がいたころ、一度だけ演練に出たことがある。その時に、他の本丸の刀剣に教えてもらったことがある。審神者の霊気を吹き込んだお守りには、敵にやられても回復する力があると。そのお守りを持っていると、折れることはないと。

前任者はもちろん、お守りなど持たせることはなかった。だから、そんな話は自分には関係ないと思っていても、羨ましいと思ってしまった。自分が一生手に入れることが出来ない、恋い焦がれる幸せを、他の本丸の刀剣は当たり前の持っていたことが、薬研藤四郎の胸を苦しめた。

そんな自分に、カオナシはお守りをくれようとしていた。絶対にそんなことはありえないと思っていたのに、いとも簡単にその幸せが手に入りそうだったのだ。

 

(あのお守りが、あれば、折れずにすんだのか・・・)

 

そう考えながら、自分は愚かだったと気付く。

せっかく差し出してくれようとした手を、取らなかったのは自分だ。そう、これは罰だ。優しく、暖かなあの手を取らずに、傷つけてばかりだった自分への罰。

 

一期一振が自分に懸命に話しかけている言葉も、もう聞こえなくなっていた。

 

(ここで、おわり、か・・・)

 

もう一度、誰かを主と呼びたかった。主と認めて、そして使ってもらいたかった。もう少しで叶いそうだった夢が、ここで途切れるのは本当に悔やまれる、そう思った時だった。

 

 

 

一期一振が顔を上げたのが見えた。

 

その先にある、気配から、審神者が近くまで来てくれたのだということはわかった。

 

(ああ、温かいな・・・)

 

柔らかな審神者の霊力を感じると、心の中にあった黒いものが一気になくなる感覚がした。あれだけ淀んでいた自分の心が、キレイになっていくように。

 

薬研藤四郎は、こんな温かく、心地の良い中で折れるのも、悪くはない、と目を閉じた。

 

 


 

 

「審神者どの!!!薬研を!!!薬研を!!!!」

 

 

声を荒げた一期一振に、審神者は近づいた。

何かを考えているかのような審神者は、やけに慎重でゆっくりだった。

 

一期一振は思う。

そこまで、自分たちが憎いのかと。

離れに追いやったのは確かに自分たちだ。こんな小さな少女に刀を向けたのも。

 

でも、目の前の今にも消えて行きそうな命を助けるのに、なぜそんなに躊躇い、考えることがあるのだと。

 

一期一振は絶望した。

やはり人間は信用ならない。

すぐに「助ける」という言葉が欲しかった。

「大丈夫」と言ってほしかった。

偶然とはいえ、今は自分たちを治すことができる、審神者がここにいるのに!!

 

審神者の少女は、目を閉じた薬研の前に座った。

そして、その手を取り、力を注ぎ込む。

 

いつも、カオナシがやっているような優しい手入れとは違い、いうなれば”力技”のような、荒々しい手入れ。

 

本当は、自分の弟を折るつもりなのか、もしや解刀するつもりなのかと、一期一振は審神者を睨む。

しかし、

 

ポン

 

優しく、肩をたたかれ、顔をあげる。そこには、悲しそうな顔をした太郎太刀の姿があった。少し冷静になって周りを見ると、みんな顔を歪ませ、事の顛末を見守っているようだった。

 

自分に抱きかかえられた薬研の体が、どんどん光に浸食され熱くなっていく。

まばゆい光に、薬研の傷が本当に癒えているのかがわからない。

 

光はどんどんどんどん、眩しくなり、

目を見開けないくらいの明るい光になったと思ったら、

 

 

ドサリ

 

 

審神者が突然倒れた。

 

そして、

 

同時に光がおさまり、

 

 

 

 

 

 

「いち、兄・・・?」

 

 

 

 

 

 

そこには、傷一つない、キレイな弟の姿があったのだった。

 

 

 

 


 

 

 

その後、太郎太刀に抱えられた審神者と共に、一向は帰還した。

目を覚まさない審神者にカオナシは、ひどく困惑し悲痛な雰囲気を醸し出していたが、まずは手入れを優先してくれた。

 

その後は、離れに籠って出てこない。

 

最近は少し自由に本丸の中を行き来していた彼女たちだったが、またここに来た時のようになってしまったと誰もが思った。あの家から、彼女たちの声がすることはなかった。

 

 

その日の夜、

 

こんのすけは、悲痛な面持ちで集まっていた刀剣たちの元に行っていた。審神者に関する話しがあることを察した彼らは、全員、その場に揃っていた。

 

 

「しばらく、出陣は控えていただくようお願い致します」

 

 

そう、こんのすけは告げた。

理由は、審神者が倒れたため、カオナシの精神状態が不安定で、これ以上の手入れが上手くできるかわからないからとのことだった。万が一のことがあっても、手入れが出来ないと困るからというのは、こんのすけの配慮なのか、それともカオナシの配慮なのだろうか。

 

 

「以上です。それでは」

 

 

それだけ告げて戻ろうとしたこんのすけに、

 

 

「こんのすけ殿」

 

 

一期一振が声をかけた。

 

 

「なんでしょう?」と振り向いたこんのすけに、一期一振は淡々と思いを告げる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、彼女たちには現世に帰ってもらうことはできませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言に一同が、驚き、一期一振を見た

 

 

 

「なんでだよ!!」

 

 

 

そう彼に噛みついたのは、まぎれもない、彼の大切な弟の一人、後藤藤四郎だった。

 

 

 

「大将は薬研を助けた!!なのに、なんで帰れなんて言うんだよ!!!」

 

 

 

後藤藤四郎がそう叫ぶ。確かに、傷を治したのは、審神者である彼女だ。感謝こそすれど、なぜ一期一振が彼女を遠ざけようとしているのかは理解ができなかった。

 

その原因である、薬研藤四郎は何も言えずにただ事の成り行きを見守っているだけだった。

 

 

 

 

「・・・信用ならないからだよ・・・」

 

 

 

 

一期一振は静かに口を開いた。

 

 

 

 

「彼女は、薬研を助けるのに迷っている様子だった。すぐに駆け寄って、治そうと焦っている様子もなかった。きっと彼女は、このまま薬研が折れてしまってもいいと感じていたんだと思うよ。・・・自分を虐げた我々のことが憎いかったんだろうね・・・。・・・それに、手入れくらいで倒れてしまうような人を、審神者とも認められない。私は、あの人を、主どころか、審神者とも認められないんだ。・・・彼女はだたの、人間の小娘だ」

 

 

 

その言葉を、みな静かに聞いていた。

すでに主と認めているものたちは、もちろん反論しようとしたが、”助けることを迷っていた”と言われたことに対しては、なんといっていいかわからなかったのだ。なぜなら、その場にいた長谷部から、話しは聞いていたからだ。

 

 

 

「・・・それは違いますよ」

 

 

 

 

一期一振の言葉に口を開いたのは、小さな管狐、こんのすけだった。こんのすけもまた、少女たちがやってきてからずっと一緒にいるから、わかるのだ。彼女たちの気持ちも、彼女がためらっていた理由も。

 

 

 

 

「審神者様は・・・お2人で1人の審神者様なのです」

「・・・どういうことだい?」

 

 

歌仙兼定が眉をしかめながら、そうこんのすけに問う。

こんのすけは、言葉を続けた。

 

 

「審神者様たちは、それぞれが得意なお役目を持っています。ご存知かと思いますが、カオナシ様は手入れが得意なのでいつも皆さまの手入れを行っております。それとは逆に、審神者様は、鍛刀と刀装作りを得意とされております。いつも皆さまに配らせていただいております、刀装は、全て彼女の手作りとなっております。」

 

 

みな、静かに、こんのすけの言葉に耳を傾けていた。

 

 

「だからこそ、なんですよ。一期一振様。だからこそ、彼女はためらわなければいけなかったのです。手入部屋でもなく、道具もない状況で、手入れをすることは、どんなに手練れの審神者でも難しいことなのです。一歩間違えば・・・傷ついている刀剣を破壊してしまう恐れがあるからです」

 

 

”破壊”という言葉に、みな、ゴクリと喉を鳴らした。手入れ部屋で行ういつもの手入れには、理由があったのだ。

力を上手く操作し、そしてそれを刀剣たちの体に流せるようにする。いつも簡単だと思っていた手入れには、あの場所だからだったのだと、よく理解が出来た。

 

 

「それに審神者様たちは、自分の苦手なことをすると霊力が大幅に減ってしまいます。手入れの苦手な彼女が、倒れるほどの霊力を使ってまで、薬研藤四郎様を治したという理由は、お分かりになるでしょう!・・・彼女は、自分の命を顧みずに、薬研藤四郎様を手入れしたのです。あの手入部屋でもなく、道具も何もない、戦場と言う場で!自分の命をかけて!」

 

 

次第に言葉が荒々しくなるこんのすけとは裏腹に、刀剣たちの心は、静まりかえっていた。

 

「・・・俺のせいだ」

 

こんのすけの言葉に最初に口を開いたのは、薬研藤四郎だった。

細い肩を震わせながら、涙を流し、言葉を紡ぐ

 

「俺が、俺が出陣したいなんて言ったから、大人しく夜戦に行けばよかったのに、久々に昼戦に行きたいなんて、言ったから・・・、あの人が死んだら・・・俺のせいだ」

 

その薬研の言葉を聞いて、兄弟たちもたまらずに涙を流した。

「やげん・・・」「薬研にいさん・・・」「薬研・・・」

その声は静かな雰囲気の中で一層大きく聞こえるようだった。

 

こんのすけは、そんな彼らに、さらに告げる。

 

「薬研藤四郎様を助けるために、審神者様は慎重にならざるを得なかった。彼女は、薬研藤四郎様が折れないように、懸命に手入れの手順を考えていたのです。・・・それでも、自分の命が危険だと思っても、薬研藤四郎様を治したその気持ちに躊躇いはなかったと思いますよ。・・・彼女がどういう気持ちで薬研藤四郎様を救ったのかもう皆さまにもおわかりになりますよね?彼女は最初から、誰一人として折るつもりはございませんでした。彼女は、皆さまを救いたいなどと大それたことを考えているつもりもありません。ただ、あなたたちが笑顔で毎日を過ごせることが出来ようになればいい、それだけを考えて、この本丸にやってきたのです」

 

こんのすけの最後の言葉は、刀剣たちの中の罪悪感を揺れ動かすには充分だった。

前任者と同じ審神者だから、人間だからと決めつけ、彼女たちを傷つけた。彼女自身に非道な事をされたわけではないのに、それでも勝手に絶望し、恨み、彼女たちを離れに追いやった。そして、あわよくば彼女たちを殺してしまおうなどとも考えた。

自分たちのやってきた行動を振り返り、彼らは恥じた。小さな人間の少女に、神である自分たちは何をしていたのだろうと。

 

全員の目が、覚めた瞬間だった。

 

一期一振もまた、肩をふるわせながら、呟く。

 

 

「わたしは・・・、なんということを・・・」

 

 

その声を聞き、三日月宗近は一期一振に近づいた。

そして、彼へ声をかける。

 

 

「頃合いかもしれんな・・・。ここにいる誰もが、悔いている顔をしておる。俺自身もお前達を守ろうと、必死にあの娘たちを遠ざけようとしていたが、それも無駄なことだったのだなぁ。あの娘たちは、最初からこちらに危害を加える気はなかったというのに・・・。」

 

 

そんな三日月の言葉は、静かに、みんなの心に響いた。それは、まるで懺悔のような、静かな語り。

 

 

「もし、娘が目を覚ましたら、今度こそ違えないようにせぬか?我々が受けた傷は、もうすでに彼女たちの手で癒されておるよ。次は我々の番だ。彼女のために力を振るい、そしてまた、彼女たちをこう呼ぼうではないか・・・―――――”主”と」

 

 

こうして、今、

 

刀剣たちの心は一つになった ―――――

 

 

 


 

 

 

3日。

妹の意識が戻るまで3日かかった。いや、しかし、3日ですんだのは、かなりの早い回復だった。

 

それまで姉はずっと、片時も妹のそばを離れなかった。ずっと側で、泣きながら、彼女の身を案じていた。

 

霊力が枯渇した審神者が行く末は自分たちも知っている。それまで元気に話していた審神者が、プッツリと突然意識がなくなって命を落とすことがあったからだ。それが、霊力の枯渇というもの。いつ、そうなってしまうのかは誰にもわからない。自分たちで気をつけようとしても、気をつけられない事態なのだ。

 

だから、妹があんな戦場で手入れを行ったと聞いた時は、本気で心臓が止まるかと思った。

苦手なことをすると、ごっそりと霊力が失われる。それを、手入部屋でもなく、道具もない、戦場でやったのだから尚更だ。

自分ですら、戦場で手入れなんて出来ないかもしれないと、思う。それを、自分の命が危ないとわかっていてもやりのけたのだ。この妹は。

 

目が覚めた妹の顔を見て、こんのすけも喜んだ。

そして、あの日、本丸で何があったかを事細かに2人に説明し始めた。

 

 

―――――― こんのすけの話を聞いて、慌てて、ペッパーくんが撮影した動画を確認する。

実はペッパーくんには、録画機能を内蔵しており、いつでもこちらのパソコンでそのデータを見ることが出来るようになっていた。

 

その日の動画を見て、妹は絶句する。姉は号泣した。

 

「いやいやいやいやいや、」

「こんのすけ、頑張りました!!」ドヤァ

「み、みんな泣いてる~~~~~!!」

「いや、さおちゃんも泣きすぎだから!」

「だって、短刀ちゃんが泣いてる姿みると、勝手に涙出てくる~~~!!」

「もらい泣きせんでいいわ!!」

「あの場の誰もが涙ぐんでおりましたよ!」

「ちょっと、こんのすけ、めっちゃ煽ってるしょ!ってか、アタシ審神者始めたのお金のためだからね!?別にあいつら救おうと思ってなかったからね!?救おうとしてたのさおちゃんだけだよ!」

「そうだったのですか!?」

「こういうのは、人が簡単に慰めるよりも、時間が解決してくれるものなの!こんな聖人君子みたいな言い方されるとヒュッとするわ!いたたまれないわ!!」

「でも結果的に、こんのすけのおかげで、なんかいい感じになってるよ、なんか大倶利伽羅とかも目元押さえてるし」

「嘘だろwwwマジかよwww」

「でも、命が危なかったのは本当のこと!あなたが命をかけて薬研藤四郎を救ったのは事実なのですよ!」

「まぁそれはそうだけども、もうすっかり元通りだしな。我々2人でいれば霊力回復するしな」

「うん、霊力減ってそのまま死なないからね。とりあえず一緒にいれば増えるからね。」

「本当にあなたたちはチートですね・・・」

「ま、でもこんのすけがここまで肩持ってくれるとは思わなかったわ!サンキュウこんのすけ!ただのうるさい狐だと思っててごめん!」

「今日は高級油揚げ用意しちゃうよ!」

「本当でございますが!いや~よかったよかった!では、刀剣男士の皆さまにご報告を!」

「ちょっとまって」

 

走り去ろうとしたこんのすけを捕まえたのは妹だった。

 

「どうせなら、もう少し、意識が戻らなかったことにしよう」

 

そう言って、ニヤリと妹は口の端を上げて笑った。

 

 


 

 

薬研藤四郎は、あれから毎日離れに来ていた。

目が覚めない、審神者を思うと、足が勝手に離れに向く。

本当は夜も一晩中その場にいたかったのだが、一期一振が迎えに来て「お前が倒れたら意味がないよ」と声をかけるからしぶしぶ帰る。

そして、また朝になると、門の前で座って待っているというのを毎日繰り返すのだ。

 

審神者の目が覚めるまで、誰も離れには入らぬようにと、こんのすけに言われていたので、短刀達も誰も家の中には入ることはなかった。しかし、時には、薬研と一緒に門の前で座り、そして、薬研を励ます言葉をかける。その言葉は、自分自身にも「大丈夫」と言い聞かせているようだった。

 

すでに「主」と呼んでいた、刀剣たちもかなりの動揺だった。何度も「主のところに行く!」と泣きながら騒ぐ加州を止めるために頑張っていたのは新選組刀たちだったし、「俺が側にいながら」と落ち込む長谷部を励ますのは意外といつもケンカしていた宗三左文字だった。

青江も、「主が大変な時にホラー映画なんて見ていられない」と蔵へ行くことを控えていたし、脇差たちももちろん蔵に足を運ぶものはいなかった。

 

本丸中がお通夜のように暗くなってから一週間。一週間もだ。その日々は、すっかり刀剣たちの心に突き刺さって誰も彼もが胸を苦しめていた。

さすがに、毎日門の前で座る薬研藤四郎の姿を窓から見ていて、耐え切れなくなった姉の懇願により、ついに、審神者が目を覚ましたことを刀剣たちに話すことになった。

 

「薬研藤四郎様、審神者様が目を覚ましましたよ」

 

一番にそう、こんのすけから聞いた薬研藤四郎は、パッとドアの方を見た。

すると、そこにはチョイチョイと中に手招きしている、カオナシの姿があった。

薬研は躊躇うことなく、中へ入り、カオナシの案内により、寝室までやってくる。ドアをあけると、そこには

 

 

「いらっしゃい」

 

 

そう、笑顔で迎えてくれる審神者の姿があった。

 

薬研は走った。そして、審神者に思い切り抱き着く。

 

 

「大将・・・すまねぇ・・・」

 

 

そう言って涙ながらに謝罪した。

 

 

審神者に無理をさせたこと、自分の命を救ってくれたことへの感謝、今までひどいことをしてきたことへの謝罪

 

全てが終わったあと、

 

「大将にもらったこの命、これからは大将のために使うと約束する・・・!」

 

そういって、また審神者に抱き着きながら、泣いた。

 

「ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙」

「カオナシ、地声出てるぞw」

(あのニキな薬研が泣いてるなんて・・・天使か)

「大将・・・大将・・・」

「・・・もういいよ薬研」

 

大丈夫だからと、幼子をあやすかのように、審神者は薬研の頭を撫でる。

その手は、とても暖かくて、自分があれほど焦がれていた人間の優しい体温だった。

 

しばらくして、薬研が落ち着いてから、審神者は本丸へ向かうことにした。

今目覚めたばかりだから無理をするな、という薬研に本丸へ行くことを止められたのだが、本当はすでに4日前に目を覚ましていたので元気だった審神者はムリヤリ行くことを決めた。

そして、本丸にやってきた審神者の姿に、短刀達が集まり、すぐに後藤が抱き着いた。

 

「心配させるなよな!大将!!」

 

彼なりにひどく心配していたのだろう。頬に涙がこぼれた。

 

「あ゙る゙じ~~~~~~~」

 

そして、号泣した加州に死ぬかと思うほどの力で抱き締められ、

 

「ご無事で・・・、なに、よりです・・・」

 

そう言って膝まづいた長谷部は肩を震わせ泣いていた。

 

 

 

 

本丸の中に通され、そこに、この本丸の刀剣が全て揃った。

今更、誰も部屋に籠ろうなどとは思わない。

みんな、元気そうな審神者を見て、胸を撫でおろした。

 

審神者が座り、その隣に後藤と薬研が並んだ。まるで、審神者を守るかのように、彼女の側から離れない。

 

「先ほど、審神者様が目覚めましたので、皆さまへご報告へまいりました」

 

そう、こんのすけが告げると、三日月がスッと前に出る。

そして、審神者の前で膝をついた。

 

「今までの数々の無礼、謝罪する。すまなかった。そなたの手を取らずに、ただ傷つけることしか考えられなかったのは愚かな我々の怠慢だ。どうか、許してはくれまいか」

 

そして、一期一振もその隣に並び、頭を下げる。

 

「・・・今までのご無礼、本当に申し訳なく思っております。・・・あなたに、ひどい事をたくさん致しました・・・。それなのに、あなたは弟を救ってくれた・・・。私は自分自身が許せんのです。どうか、私を刀解してください」

 

その言葉に、粟田口の短刀たちが声を上げる。しかし、一期一振は顔を上げない。

 

「・・・それだけのことをしたと思っております。今ではわかります。私を刀解しても、きっとここでなら、あなたの元でなら、弟たちは笑って毎日を過ごすことが出来る。弟たちのことは大丈夫であると、感じております。・・・ですから、不肖な私を刀解、してください」

 

そこで、初めて審神者が声を上げた。

 

「解刀はしない」

 

驚いた一期一振は、顔をあげる。

 

「なぜです!私は、この本丸の中でも、一番あなたにひどい事をしてきました。あなたをどれだけ傷つけたことか・・・私はここで過ごす資格などありません!どうか、刀解・・・してください・・・」

 

その言葉に、審神者は少し考えてから口を開いた。

 

「・・・別にひどいことされてないよ」

「え、」

「別にひどいことされたと思ってないよ。それでも、何か罰がないと嫌だっていうなら・・・」

 

そこで、審神者は真っ直ぐ一期一振を見た。

 

 

そして、

 

 

 

 

「いちにい」

「!?」

 

 

 

 

審神者に突然、弟たちと同じ呼ばれ方をして驚いた一期一振は、口がポカンと開いていた

 

 

「これからは、そう呼ばせてもらうね!」

 

 

 

ブワァ

 

 

 

一期一振から、大量の桜が舞い、肩を震わせ、口元を抑えている姿に短刀達もみんな笑顔を見せる。

 

 

「審神者よ、我々はこれから、そなたの為にこの力を振るおう。そして、そなたを生涯守って見せる。・・・俺たちのことを、どうか使っていただけないだろうか。そして、どうか、許しておくれ、”主”と呼ぶことを」

 

 

三日月がそう言い、頭を下げた。

それに続くように、本丸にいる47振の全ての刀剣が、頭を下げた。

 

 

 

 

カオナシは圧倒されていた。

あれだけ、人間を嫌っていた刀剣たちが、今、妹を主として認めた瞬間。

目元に涙が浮かび、グッと我慢する。

 

切りかかられたり、罵倒されたり、睨まれたり、警戒されたり

 

カオナシの格好をしている自分より、あたりが強かった彼女に、今、やっと刀剣たちが心を開いたのだ。

 

いいよ、というのか。主として頑張る、というのか。

 

ドキドキしながら、妹の言葉を待った。

 

すると、その光景を黙って見ていた、彼女は、とうとう口を開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、そういうのいいわ、めんどい」

 

 

 

 

 

 

 

 

その場にいた全員が耳を疑った。

呆気にとられながら審神者を見る。

 

 

 

(こういう子だって知ってた!!)

 

カオナシは天を仰いだ。

 

 

 

 

「いや、もう本当にそういう堅苦しいのは・・・あ、あれ?御手杵!御手杵じゃん!そんな後ろにいるから気付かなかったよ!!!!」

「お、おう・・・」

「御手杵ーーーー!!!結婚してくれーーーーー!!!」

 

 

 

そう言いながら、御手杵に抱き着きにいった審神者を見て、泣きながら「主には俺がいるでしょ!!」と引きはがそうとする加州、「なぜ御手杵なのですか!!」と審神者に駆け寄る長谷部、「雅じゃない!!」と怒鳴る歌仙兼定、その様子をすっかり温かい目で見守る一期一振。

その場はカオスとなった。

 

 

そして、

 

『ご結婚ですか?おめでとうございます!』

 

と言うペッパーくんの一言で、幕を閉じたのだった。

 

 

(あ、この主なら大丈夫そうだな)

 

 

その光景を冷ややかな目で見ながら、全員がそう思ったのだった。

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