朝起きると、
「やぁ、随分と遅く起きるんだね」
テーブルに腰掛け、にっこりと笑う男が座っていた。
いや、にっこりではなく、にっかりと笑ったと言った方がいいのだろうか・・・
本当は怖いブラック本丸で双子生活 其の七
以前までは、玄関に鍵をかけていたものの、どうせ危険な人たちは入ってこれないし、短刀ちゃんたちにいつでも自由に遊びに来てほしいと思い、鍵をかけるのをやめた。
と、したのはいいが、早速この状況だ。
今まで自分から来たことがない目の前の刀剣は、ジャージ姿で、腰には帯刀していなかった。
まるで、”ちょっと近くに来たから寄ったよ”と言うような、簡単な軽装だった。
その様子から、2人に危害を加えようと思っていないことは明白だったが、寝起きに何用だと2人は思った。ちなみに姉は、最近常にカオナシの衣装のため、寝起きからすぐにカオナシ装着済みだ。
「お邪魔してるよ」
「いらっしゃい!」
「ふふ、怒らないだね、勝手に入ったのに」
「怒る必要ないしょ。朝ごはん作るけど、一緒に食べる?」
「おや、作ってもらえるのかい?」
「うん」
「残念だなぁ、もう燭台切が作ってくれたから食べてきちゃったよ」
「あ、そうなんだ。食べるの早いね」
「卯の刻・・・ああ今でいう7時には朝食だよ」
「え、早くね?学校とか会社行くのかと思うわ。カオナシ朝ごはん作ってる?」
『最近は料理のお手伝いの式神もいるし、前の日から準備するから朝餉は作らなくていいよーって言われてるよ』※カエル声
「そうなんだ、じゃあいいね。じゃ、朝ごはん作るから、ちょっと待ってよ、にっこりさん」
「にっかりだよ」
「にっかりか、まだ全員名前わからん」
「そうなのかい?」
「動物系は研修で覚えたんだけど・・・たぬきに鶴に鶯丸にライオンに虎」
「動物系って(笑)」
「あとはまぁ少しずつだなー。三日月のバカ野郎はめっちゃ覚えてる、あの大馬鹿野郎」
「・・・へぇ!きみは天下五剣に興味ないんだね。人は皆、天下五剣のあの美しい刀を追い求めていると思っていたよ」
「え?興味なんてあるはずないよね?こっちは何回も殺されそうだったっていうのに。あの顔見るだけで張ったおしたいよ」
「ふふふ、本当に変わった子だねぇ」
「そう?別に普通だよ!じゃあご飯作るわ!」
そういって妹はキッチンに立った。
その様子を青江は面白そうに眺めている。
姉は一体にっかり青江は何をしに来たんだろうと、不思議で仕方がなかった。
――――――「おいしいね!」という声がその場に響いた。
フレンチトーストを作り、食べようとしていると、見たこともない食べ物に青江が興味津々の様子だった。
一口食べさせると、目を輝かせ喜んだのだ。
「こんなに美味しいもの、初めて食べたよ」
「きみたち、こないだ初めて食事したばっかりだもんね」
「もう一口もらえるかい?」
「これ全部やるよ。っつーか、お腹いっぱいじゃなかったの?」
「こんなの、おやつだよね。むしろこんなに甘いものが朝ごはんになるのか不思議だよ」
「間違いなく朝ごはんだよ」
「へぇ、未来の食生活は変わっているね」
結局、フレンチトーストを一枚完食した青江は満足そうだった。
「で、何しにきたの、すっきり」
「にっかりだよ、きみわざと間違ってるだろう」
「ははは」
「ふふ、実はね、最近脇差部屋が賑やかなんだ」
「え?」
「きみ、彼らに書物を渡したろう?漫画、と言うんだっけ?」
その言葉で妹は気付く。ああ、そういえば脇差たちが続きが読みたいというから、とりあえず、続きを短刀達に持たせたのだったと。
「渡したっていうか、勝手に置いといた」
「ふふ、そうなんだ」
「漫画ブームになってる?」
「ああ、それはもう、大騒ぎさ」
漫画を気にいった浦島虎徹、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎は、最近その漫画のセリフの真似をしているんだとか。
もちろん他の人に遠慮して大きな声では言わないが、脇差だけだったり、短刀だけの時には、みんなでごっこ遊びをしているらしい。
ちなみに、最近新たに銀魂を持って行ってもらったところ、3人は必死に堀川国広に読むように勧めていたそうだ。今はまだ全く手をつけようとはしていないそうだが、和泉守兼定に先に読ませてしまえば時間の問題だろうと企んでいるらしい。
やはり、見た目が中学生のような脇差たちには、漫画は大人気のようで、まんまと罠にはまったなと妹は心の中でほくそ笑む。
「海賊王になるとか叫んだと思ったら、とら?が何だと言って泣き出したり、ばすけ?とかいうのをやりたいって言ったり・・・」
「バスケktkr」
スラムダンクも彼らの心に刺さったようだ。バスケコートを注文する日も近いなと妹は笑う。
「で?青江も読んだ?なんか気に入ったのあった?」
「うーんボクも誘われて漫画を読みに行ったんだけどね」
「うん」
「確かに興味深いんだけど、ぼくにはもう少し違う雰囲気のものがいいなと思って」
「え?どういうこと?」
「うーん、例えば、怪談・・・とか」
その言葉で青江が来た理由がわかった気がする。
つまり、青江は「友情!努力!勝利!」なジャンプ系より、まことちゃんのようなホラー系の漫画が読みたいと言っているのだ。
「ああ・・・そうか・・・」
「そういう書物はあるかい?」
「わざわざおねだりに来るとか、青江かわいいな」
「かわいいなんて初めていわれたよ、僕は脇差だよ?」
『短刀以外のみんなも可愛い』※カエル声
「そういう話の時だけ反応するなよカオナシwww」
「ふふ、きみたちのいうことは変わっているね」
「普通だよ」
「充分変わっていると思うよ」
「普通だよ。・・・・・・・・あーでもホラーか」
「ホラー?」
「怪談のこと、ホラーって言うんだよ。残念ながら、我々、お化け関係は全く駄目なので、ホラーな漫画は持っていないんだわ、すまん」
「・・・そうなんだね・・・それは仕方がないね」
「だが、諦めるな青江よ!」
「ん?」
「sanizonの見放題の映画の中に、リングがあったはずだ!」
「りんぐ?」
「青江よ・・・残念ながら我々は一緒に見ることはできない。しかし、青江に見せることは出来るよ」
「本当かい?」
「じゃあ、今ノート型パソコンと、ヘッドフォンをきみに貸してあげよう・・・2階の廊下にカウンターと椅子があるから、そこで見るといいよ・・・」
「うん、ありがとう」
「グッドラック青江・・・」
2時間後、もっと見たいと強請られ、リングシリーズを全て見せてあげた。
夜になって、リビングに降りてきた青江は、テレビを指し、「貞子さんが・・・」と怖がらせてくる。
そのたびに「ぎゃーーー!」と声をあげる審神者を見て楽しんでいるのか、青江はくすくす笑う。
「ふふ、主は怖がりなんだねぇ」
「え、さらっと主って言ったね青江」
「きみたちと一緒にいたら、もっと楽しいことがありそうだかね」
「ホラー映画で和解/(^o^)\」
「次は若い男女が乱れている映画が見たいな・・・学園ものホラーのことだよ?」
「順応性早いな青江は・・・」
こうして、また1人刀剣と和解したのだった。
「大将、牛乳なくなったから注文して・・・ぎゃーーーーーーーーーー!!!」
ふり返るとと、のっぺらぼうだった審神者の顔を見て、後藤藤四郎は卒倒した。
顕現してからというもの、事ある毎にこうして審神者からドッキリをしかけられる。そんな後藤はいつも涙目だった。
だが、粟田口の他の短刀たちは思う。
後藤が羨ましいと。
顕現してから、何も迷うことなく、後藤は審神者のことを”大将”と呼んだ。
彼は今の審神者の手によって顕現されたのだ。自然に彼女を”大将”と呼ぶ姿は、自分たちがいくら望んでも手に入れられない姿だった。
今の彼女が最初から自分たちを顕現してくれていたら、
そう思わずにはいられない。
いまだに一期一振や他の刀剣に遠慮して”主”と呼べない刀たちは、後藤の審神者を呼ぶ声にいつも羨望していた。
かたや後藤のほうも、兄弟たちからこの本丸の事情は聞いていた。
仲間を折られ、虐待され、ひどいことをされたのだと聞いて、ゾッとした。かたくなに審神者を主を呼ばないのには理由があったのだと納得した。
しかし、自分にとっては自分を顕現してくれた主でしかない。それだけは、曲げられない事実。
「悪い、俺にとっては、主だから・・・」と一期一振に告げた時、一期一振は困ったような笑顔を見せるだけだった。
後藤藤四郎を顕現してほしいと頼んだは紛れもない、一期一振だったから。もちろんこうなることは理解していたし、理解しているからこそ、後藤には何も言う事ができなかった。
何とかして、主とみんなを和解させたいと考えている後藤だったが、それはなかなか実行でいない案件だ。
「大将・・・驚かすのやめてくれよ」
「ごとうカワユス」
(コクリ)←激しく同意
「ほら、牛乳」
「・・・ありがとう」
「やっぱりね、カルシウムとらないと大きくならないけど、牛乳の飲みすぎはお腹を壊すからね」
(コクリ)←同意
「あ、カルシウムのサプリ買ってあげようか?」
(コクリ)←同意
「さぷり?」
「サプリ買うわ、ちょっと待ってて!」
自分は刀剣だ。いくら大きくなりたいと思っていても、本当は大きく慣れないことは心の隅で理解していた。
しかし、それをこの主はバカにすることはなく、むしろ協力してくれるのだ。
後藤は、優しいこの2人のことが大好きだった。ずっと、主を守ろう。まだ顕現して数日しか経っていないのに、そう、固く決めていた。
「さてと・・・注文も終わったし、いくか・・・」
「ん?行くってどこに行くんだよ」
「今日は、忙しいよ!」
「え?何で?大将でかけるのか?それなら俺護衛に・・・」
「今日は図書館づくりをします!!!」
(パチパチパチパチ)
カオナシが手を叩き、2人で何やら端末を持って、出て行こうとしている。
後藤はその後を、急いで追いかけた。
―――――――― そこは、本丸から少し離れたところにある蔵だった。
青江や短刀から、一期一振や他の刀剣に見つからないように、蔵で漫画を読んでいることを聞き、やってきたのだった。
今はもう、本丸は大分改築され、審神者の手が入っていた。それでも、住みやすくなった環境に、誰も文句は言わない。きっと蔵もなんとかしたところで、誰も文句は言わないだろうと思い、蔵を改築するためにやって来たのだ。
「たのもー!」
バタンと勢いよく、ドアを開けると、そこには、浦島虎徹、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎の3人が、ゴザに座って、漫画を読んでいた。
勢いよく開いた扉と、そこにいた人物に、3人は固まる。
脇差3人を見た審神者は、
「図書館を作るから、お手伝いおねがいしゃーっす!!!!」
と頭を下げた。ますますポカンとする3人だった。
―――――――――一通り話を聞いた3人は、審神者の手伝いをすることにした。
この埃っぽい蔵を改装して、もっと漫画を設置してくれると言うからだ。
まずは今ある漫画を全て外に出すように言われた。
後藤を含めた4人は、漫画を運ぶ。
「きみたち、ゴザの上で漫画読んでたの?」
「ん?そうだよ!」
「腰痛いしょ!」
「まぁ・・・硬かったですね」
「床が冷たかった」
「体は冷やしちゃいけません!!」
蔵の中には元々荷物がなかったため、漫画を運んだだけで空になった。元々政府が勝手に用意しただけで、特に使用していなかったようだ。
「じゃあ、改築始めるよ!」
何やら端末を審神者とカオナシは見ながら、あーだこーだ2人で相談している。
まずは、ポンッと、床がフローリングに変わった。
「「「「!!?」」」」
その場にいた4人は驚く。しかし、2人は慣れた手つきで次々とその場を変えていく。
本棚をたくさん設置。中央には座り心地が最高のソファといくつかテーブルとイスも用意。本がしめらないように、除湿機能付きのクーラーも設置。
蔵の端には、数台のDVD再生機とヘッドホン、DVDの棚も設置した。本当の図書館のような造りだ。
「これは何ですか?!」キラキラ
「DVD再生機だよ。映画とか、アニメとか置いておくよ」
「でぃーぶいでぃーとはなんだ」
「説明するのめんどい!実際にみて!青江がうちでホラー見ようとするから設置したんだよ!!」
「この棚には漫画が入るの?」
「漫画だけじゃなくて、いろいろ入れとくよ。まぁ漫画多めだけどね!」
「やったー!!」
「じゃあ、うちにある漫画運ぶの手伝って。あと通販でも注文するから、並べたりするの手伝って」
「「「はーい」」」
いつの間にか、楽しそうに話しながら作業する脇差たちを見て、後藤は思う。
大丈夫だ、と。
今の兄弟たちに殺意は全く見られない。むしろ、どちらかというと審神者に友好的に見えた。
おそらく、彼らが気にしているのは他の兄弟刀のこと・・・。
その問題さえ解決すれば、本丸の誰もがきっと「主」と呼べるようになるのだろうと後藤は感じた。
「後藤も手伝って!七つの大罪並べて!」
「わかったよ、大将」
こうして、みんなで作った図書館が刀剣たちの人気スポットになるのは、もう少し後の話 ――――――
すっかりと、本丸の庭には緑が生い茂っていた。
天気が悪い日よりも、晴れている日のほうが多くなり、池の水も底が見えるほど透き通った綺麗な水になった。
その本丸に漂う空気は、もう昔のものとは全く違った。前の審神者の黒い淀んだ霊気は全て消え、今ではすっかりと今の審神者の穏やかで温かい清涼な霊気に包まれていた。
鳥の鳴き声も聞こえる心地よい天気。
そんな中、刀剣たちもいつまでも本丸の中に引きこもっているばかりではなく、外に出たいと願うようになった。
欲を言えば、出陣したいとも。
笑って話すことができるようになった本丸で、どんどん彼らの心も穏やかになってくる。
その男は、久しぶりに外に出た。ずっと真面目な同胞が心配で側を離れられなかったが、ここ最近は非常に落ち着いているようだった。
だから、外に出た。
顕現されてから一度も見たことがない景色が広がっていて、ついつい足取りも軽くなる。
足元には小さな花が咲いていた。白い小さな花。
その花の周りには、蝶々がヒラヒラと飛んでいる。
自分がまだ喋れない道具として扱われていた時にも見たことがある。穏やかな天気の時には蝶々がよく飛んでいた。
懐かしいと思い、その蝶々の後をつける。ただただ無意識に。
――――――――・・・♪
何やら歌声が聞こえて、顔を上げた。
いつの間にか、自分があれほど近づこうとは思わなかった、離れのほうまで来てしまっていた。
その声の主が、あの小さな審神者の少女であることは、すぐに理解できた。
庭で洗濯でも干しているのだろうか、とてもご機嫌なその歌声をなぜだかもう少し聞いていたいと、彼は思う。なぜだかわからないけど、その歌声を聴くと心がますます澄んでくるようだからだ。
そして、何気なく、塀から彼女の姿を探していたところ、
「・・・」
彼女が振り向き目が合ってしまった。
彼女は驚いたように、目を丸くする。
驚かせてしまって悪かったかなと、その男は声をかける。
「よ、よお」
その瞬間
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
という声をあげた少女。
キーンと響くその声で、目の前がチカチカした。
すると、少女は洗濯を干していた手を止めて、
門を抜けて、こちらに走ってきた。
そして、目の前にやってきて、キラキラした目で見上げてこう言った
「結婚してください!!!!!!!!!!!!」
「・・・は?」
思わず目が点になったのは、初めての経験だった。
そんな彼の名は御手杵。
三名槍の1人で、刺すことしか出来ないというのが口癖の長身の男だった。
――――――――そして、なぜか2人は、審神者の屋敷の縁側で2人でお茶を飲んでいた。
以前見かけた時はもっと元気な様子だったのに、隣の審神者はなぜかモジモジと照れているようだった。
「これ・・・クッキー焼いたから・・・食べて?」
そう、彼女が差し出した食べ物を、
「お、悪いな」
と、何もためらわずに口にした。
「うまい」
「ホント!?」
そう聞き返す彼女は、心底嬉しそうだった。
表情がコロコロ変わって面白いな、そう御手杵は思った。
「おてぎね」
「ん?」
「ありがとう」
「なにが?」
「クッキー食べてくれて」
「出されたからな」
「警戒しなかったから、」
そういう彼女は、刀剣たちに距離をとられていることを気にしているのだろうかと、一瞬頭を過ぎった。
特に落ち込んでいるようではないが、確かにあの仲間たちの態度だと、傷ついてもおかしくないと考えていた。
「ああ、別におれはアンタが何かするとは思ってないからな」
「え?」
「アンタはアンタだろ、アイツとは違う」
そう、ハッキリとそう言った。
そうなのだ。実は御手杵は、人間に絶望する刀剣たちの中では珍しく、最初からあまり審神者に嫌悪感がなかった。
自分も傷つけられ、手入れもされていなかった。あまりのひどい所業に周りのみんなは審神者を恨んでいたし、自分も前の審神者のことは嫌いだった。
それでも、新しい審神者には不思議と嫌悪感はなかった。
ただ、同じ槍である、蜻蛉切の怒りや絶望や、心に受けた傷が深すぎて、なかなか審神者の前に姿を現すことが出来なかっただけのこと。
蜻蛉切は自分と違って真面目だと思っていた。真面目で、優しいからこそ、仲間たちを思い、心が病んでいった。
自分が審神者に近づくと、蜻蛉切が嫌がると思っていたが、最近はそんな蜻蛉切の心も落ち着き、笑顔も増えていた。きっと、この審神者の優しい霊力が彼にも届いているんだと思う。
ある意味、彼女はみんなを癒してくれている、救ってくれている、そう思う。
御手杵のその言葉を聞いた審神者は
「・・・・・・・・ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
と叫んで顔を多いながら、コロンと倒れてしまった。
「お、おい、どうした?」
「・・・かっこいい!!!!」
「え、」
「結婚して!!!!」
「それは無理だろ」
「結婚してーーーーーーー!!!!」
ゴロゴロとしながら、叫び続けている目の前の審神者を見て、ほんと変わったやつだなと思う。恐怖心も嫌悪感も、わくはずがない。
なぜ気に入られたのかはよくわからないが、それでも、この離れの空気が優しくて、御手杵は少し困りながらもその場から立ち去ろうとは思えなかった。
暖かな春の陽気に、縁側で楽しそうに会話する2人の姿はしばらく続いていた。
カオナシがお昼ごはんを作りに行こうと、外にでたところ、門の前で跪いている1人の男の姿を発見した。
門から出ることも出来ず、困っていたので、中にいた妹を呼んだところ、妹の顔を見た瞬間に、その男は叫んだ。
「主!!今までのご無礼、謝罪に参りました!!どうぞ、刀解でも罰でもなんでもお受けいたしますのでご命令ください!!」
正直、困惑した。
―――――――一先ず、落ちつかせ、2人は離れの中にその男を通した。
すでに「主」と呼んでいるだけあって、こちらに危害を加えるつもりはないようだ。
先に審神者の元へと遊びに来ていた後藤は、それでも警戒し、ずっと刀に手をかけていたので、「後藤、牛乳プリンやる」と牛乳プリンを渡し落ち着かせた。後藤が牛乳プリンを頬張っている間に、2人はその男に向き合った。
「で、誰だっけ?」
「はっ!名乗らず大変失礼をいたしました!!俺はへし切長谷部。主命とあらば、何でもこなしますよ」
「なぜ、急にここに来たの?」
「そ、それは・・・」
長谷部はその問いにポツリポツリ話し始めた。
要は、長谷部も前任者の被害者で審神者を憎んでいたのだが、本丸内でも今の2人に好意的なものも増え、本丸に満ちる霊力も穏やかになったので、この人なら信頼に値すると感じて、やってきたと言うのだ。
来るのが遅くなって、大変申し訳ないと長谷部は謝罪した。
「俺は、主のためにこの力を使いたい・・・主のためになんでもして差し上げたいのです!」
そう言った。つまりは、主厨の1人だと、納得した。
「うむ、理解した」
「今までご挨拶に参上せず、大変失礼なことをいたしました。謹んで罰をお受けいたします。さぁ、何なりとおっしゃってください」
「罰か・・・」
(え、まぁちゃん何考えてるんだろう・・・まさか本当に何かする気じゃ・・・?)
「うん、わかった。じゃあ長谷部・・・目を閉じな」
「は、はい、かしこまりました」
自分から罰を受けると言ったものの、審神者のその言葉に長谷部は恐怖した。
前任者から受けていた仕打ちを思い出したのだ。長谷部は従順だった。主に捨てられたくない、嫌われたくないという思いが強かった。だから、長谷部は仲間を折ることを命令された。審神者が笑いながら見ている中で、長谷部は仲間の刀剣を切ったのだった。
もちろんそれについては、誰も責めてはいない。状況が状況だったからだ。しかし、仲間たちを傷つけてしまった長谷部は落ち込み、今までなかなか心を開けずにいたのだ。
長谷部自身も、前任者が機嫌が悪い時は暴力を振るわれていたし、目をつぶれと言われたからには殴られるのだろうと思い、キュッと目を閉じた。
その様子を、カオナシと後藤も何も言わずに見守る。
ポンッ キュッ キュッ
何やらおでこにひんやりとした、くすぐったいような感覚を覚える。「いいよ」という審神者の声で、長谷部は目を開いた。
「ふっふっふ、きみに第三の目を開眼してやったぞ!今日は、一日中そのままでいるがいい!!」
カオナシが、スッと目の前に現われたかと思うと、鏡を差し出された。それを見た長谷部は驚いた。自分のおでこには、確かに目のようなものが書かれていたからだ。
「あ、あの、」
「ん?」
「これが・・・罰ですか?」
「え?うん。あれ、罰うけたくなかったの?なんかどうしても受けたいって言ってたからドMかと思ってたよ。罰はご褒美なんでしょ?」
「あ、いや、そうではなく・・・もっと、その、痛みつけるような」
「肉体的なドM!?そういうプレイは好きじゃないよ!!」
「え、」
「ほんと、アタシドMホイホイだからよくドM寄って来るけど、アタシ別にSじゃないからね!!そこんとこ間違えないで!!」
「は、はぁ・・・」
「長谷部もさ、自分を大事にしなよ。そんな痛いこととかされたいってこんな昼間から言うものじゃないよ。笑顔が一番だよ、最終的にはね」
なぜかにっかり青江のものまねをしながら、長谷部にそう諭す審神者をカオナシと後藤は呆れた目で見ていた。なんか違う。
しかし、それを言われた当の本人からは、
ブワッ
と、桜が舞い散った。
”自分を大事にしなよ”
そんなこと言われたのは初めてだった。素直に嬉しいと感じてしまう。
せっかく顕現して、主に使えたいと思っていたのに、前任者は完全に自分をモノとしか見ておらず、しょせん使い捨てだとハッキリと言った。主を大切にしたいという気持ちが強かった分、彼は地獄に落とされた気分だった。
しかし、この目の前の少女は、自分のことを大事にしろと言っている。つまりは、この審神者自身も”長谷部を大事にしてくれる”と言っているようなものだった。
「あ、ありがたき幸せ・・・!!」
とりあえず、早く帰ってもらいたいので、カオナシと一緒にお昼ごはんを作るように言われた長谷部は、本丸に戻った。
一日中第三の目を開眼させたまま、終始ご機嫌な長谷部に、何があったのはは誰も聞くことが出来なかったのだった。
「じゃーん、蛍丸推参!だよ」
カオナシの目の前に現われたのは、太ももが眩しいショタだった。
ここの刀剣たちは、勝手に自分たちで出陣する。それは一番最初に手入れをした時からずっとだった。
刀剣たちはいくら傷つけられても、戦いたいという本能には抗えず、定期的に出陣がしたいのだ。
しかし、前の審神者の時にひどい出陣をさせられていた刀剣たちは決して無理をしない。まず、検非違使がいると言われる時代には、絶対に行くことはなかった。
そして、刀装が1個でも壊れたらすぐに帰還するようにしていた。練度も、なるべく低めのところに行くようにする。
そうすることで、傷を負う刀剣たちは目に見えて少なくなった。みんな無傷で帰還できることが多くなったのだ。まれに短刀達が活躍できる夜戦に、とても動きの早い敵が潜んでいるので、その時は軽傷をうけることはあったが、しかしほとんどが無傷で帰還できる日々だった。
久々にカオナシは手入れに呼ばれていた。
手入部屋で待っていると、そこにやってきたのは、蛍丸だった。
蛍丸は、短刀かと間違えられるような小さな体なのに、大太刀だ。しかもレアの大太刀で、かなり強いらしいとは聞いていた。
そんな蛍丸が手入れなんて珍しいと考えながら、その傷を治そうとする。
そこで審神者が見たのは、
8:00:00
という数字だった。
さすが大太刀だ。いくら軽傷とは言え、手入れに8時間もかかる。
そんなに時間がかかるなら、と手伝い札を使おうとカオナシは立ち上がった。
しかし、それは蛍丸によって阻止される。
「まって、手伝い札使わないで」
「?」
「・・・お願いだから、しばらくここにいて」
蛍丸がそう言いながら、カオナシの衣装をキュッと掴んだ。
マジかよ・・・
マジかよ・・・
なんだこの可愛さ、天使か。短刀ちゃん達もクソ可愛いけど、蛍丸もクソ可愛い。この破壊力やばい。私を殺しにかかってる。やばい。つらい。生きてるのツライ。
カオナシは、力が抜けて、その場に座り込んだ。
すると、そのカオナシの膝に、蛍丸が、ゴロンと頭を乗せた。
(!?)
「へへっ、やわらかい」
そう言って、頭をスリスリしてくる蛍丸に、
(:3[_]
カオナシの魂は抜けかかっていた。
――――――――― 手入れをしなればと、蛍丸に膝枕をしながらカオナシは刀を手に取る。
間違っても落としてはいけない。可愛い蛍丸が蛍丸自身でケガをしてしまうことになる。気を張りながら手入れを開始する。
ほんと何この状況。つらい。
何も言わずに手入れを開始したカオナシを下から見ながら、蛍丸は、
「あのね、」
そう、ポツリポツリ話始めた。
「国俊がね、」
国俊とは、愛染国俊のことだったかと頭を過ぎった。確か、元々は非常に元気な短刀だった気がするが、そう言えばあまり元気に走り回っている姿を見かけてはいなかったと考える。
「国俊が、何度も折られる夢を見るんだ・・・」
ギュッと腰に腕が回され、お腹にピッタリと蛍丸の顔がくっつく。顔を見られたくないのか、そのままの体制で話し続ける蛍丸。
「実際にね、国俊は何度も折られた。おれはそれを見ていたし、国行も、来たのは遅かったけど、傷ついて動けない国俊を知ってる」
国行は明石国行のことだと思った。そういえば、まぁちゃんとの話し合いの席には、来派は来ていなかったなぁと思い出す。
「・・・だから国行はすごい俺たちを心配するようになった。俺たちが粟田口の短刀を見て、外に行きたいと思っても、悲しい顔するから、どこにも行けないんだ」
明石国行と一期一振が重なった。弟たちを見て悲しそうな顔をする一期一振。
きっと、明石国行も蛍丸と愛染国俊が心配で心配で、それで過保護になりすぎているのだ。
「・・・だからかな、いつまでたってもアイツが夢に出て来るんだ。毎日アイツが出てきて、目が覚める」
”アイツ”とは前の前任者のことだろう、と容易に想像が出来た。
カオナシは、手入れをする手を一先ず休め、そして、そっと蛍丸の頭を撫でた。
その手に、蛍丸は少し戸惑いを見せたが、すぐに笑顔を見せてくれた。
「へへ・・・やっぱり温かいや、きっと、あんたと一緒にいると、アイツの夢なんて見ないって思ったんだ」
そういう、蛍丸の目は少しトロリと閉じかかっていた。
「本当は、わざとケガしてきたんだ。俺、治すの時間かかるし。だから・・・治るまで・・・少し、寝かせてよ・・・」
そう、蛍丸が言い終わると、スーッという寝息が聞こえた。
あれだけ強く、刀装も3つ装備できるはずの蛍丸が、なぜ怪我をして返って来たのか、やっとわかった。
蛍丸は助けを求めたのかもしれない。ずっと部屋の中に籠りっぱなしで、前に進もうとしない自分と、その仲間たちに。
本当は暗闇から抜け出したいのに抜け出せない刀もいるのだと、改めて考えさせられることとなった。自分と触れ合ってくれる刀剣たちは、今はもう笑っていたから。
今でも夢を見るくらい、前任者の影に悩んでいる刀剣がいるなんて見過ごせない。その悪夢から早く全員救ってあげたい、そう姉は思ったのだった。
蛍丸の頭を撫でる手を止めて、また手入れに戻る。少し手入れに時間をかけるように、大切に手入れを行っていく。
今だけでも、彼がしっかりと休めるようにと祈りながら、静かに作用を続けたのだった。