▼双子は天国を手に入れた!
本当は怖いブラック本丸で双子生活 其の三
手入れが終わってから、二週間が経った。
こんのすけを通じ、出陣や遠征について説明と報告は行われた。
なんだかんだで刀である彼らは、発作的に出陣したくなることがあった。
それは刀としての本能であり、いくら前任者によってそれが嫌な記憶になったとして、抗えないことだった。
戦場での昂揚感は、自分たちが生きていると実感できたし、敵を倒す瞬間は気持ちがよかった。
編成や結果だけして、傷ついたら手入れをしてもらえる。こんのすけから、たっぷりと刀装も受け取った。
以前とは比べものにならないくらいの優遇に、少しずつ、刀剣たちの心も癒えていった。
一方、
審神者たちに関しても天国だった。
なぜなら、勝手に出陣や遠征が行われるからだ。
自分たちが指示しているわけではないのに、本部に報告するたびにめちゃくちゃ褒められる。
まさかこんなに早くブラック本丸の刀剣たちと和解するとは政府も思っていなかったのだ。(実際には特に和解していないが)
そして、ボーナスは弾んでくれると約束した。
ブラック本丸給料+ブラック本丸支度金+ブラック本丸ボーナスに貯金残高はすごいことになっていた。
それに加え、毎日ゴロゴロしていればいいだけのお仕事。
ここはパラダイスなのかな?
「審神者様、本日の出陣と遠征の結果でございます」
「ありがと」
「今日はケガしてる子いなかった?」
「今日は6面への出陣が多く、秋田藤四郎が軽傷を負って帰って来たので、手入れをしてほしいとのことです」
「それは大変だ!!行かねば!!」
そう言って、カオナシの衣装を手に取る、姉
「んじゃ、結界貼るよ」
「頼むわ!」
カオナシの衣装に身を包んだ彼女は、結界にも包まれた。
いつ切られるかわからない状況では、この結界が必須だ。
もちろん、最初に手入れをした時も結界を駆使していたので、5振りの刀でも無事だった。審神者の研修施設で練度99の刀剣で試したが、練度99でもその結界を破ることはできなかった。
仮想練度300の時間遡行軍で試してもらった時も、結界にはヒビも入らなかったので、政府もお墨付きのすごい結界だ。この結界を貼れるのは、今のところ、何かを生み出すことが得意な妹だけだった。
「じゃ、行ってくるわ!」
「いってらっしゃい」
「ん?審神者様、何を持っておられるのですか?」
カオナシの手に持っている何かに気付いたこんのすけが口を開く
「あ、これ?」
声だけでも嬉しそうなのが聞いてとれる
「へへ、これ秋田くんにあげようと思ってね!」
そういうと、カオナシはずるずると布を引きづって本丸へ向かっていった。
秋田藤四郎は悩んでいた。
目の前の生き物はなんなのだろうか。
式神のようだが、お化けのようにも見える。
ただ、1つわかっていることは、手入れをしてくれるその手はとても優しいということだけだった。
前任者のいた頃は、手入れもされたことがなかった。
仲間たちが次々と折れる。自分もいつ折れるかドキドキしていた。
といっても、実際にこの秋田藤四郎は5振り目の秋田藤四郎だった。折れることなく、残ることが出来た秋田藤四郎は、つい最近、新しい審神者がやってきたあの日まで手入れというものを知らなかった。
前の審神者、あの男からは、嫌な感じしかしなかった。
木々も生えないような瘴気を含んだ冷気に、刀剣たちの体力も奪われていくようだった。それほどまでに、嫌な霊気。
しかし、ここにきた新しい審神者たちは全然違うのだ。
まずは本丸が見違えるように変わった。
秋田藤四郎は青空を見たことがなかった。しかし、今では1日数時間も青空と太陽が見れるようになった。
そして、泥だらけだった池の水も透き通ってきていた。その池に浮いていた虫を「アメンボ」ということを、鶴丸が教えてくれた。
何よりも草木に緑が戻り、ありの行列も見ることができたし、今日は初めて、枝に止まっている鳥の姿を見ることが出来たのだ。
何もかも新鮮で、この姿では見たこともないものばかりだった。
そして、何より一番変わったのは、ここの空気だ。あんなに息苦しかった淀みは、今ではほとんどなく、むしろ、爽やかで心地の良い風を感じることができた。
ずっと寒いと思っていた天気なのに、なぜだかぽかぽかするような暖かさに、最近は外で遊ぶ短刀たちの声が聞こえるほどだ。
前任者は短刀達の声が聞こえただけで、怒り、暴力を振るってきた。そのため、部屋の隅で小さく縮こまることしか出来なかった短刀たちにとっては、今は幸せだった。
誰も怒鳴る人はない
誰も暴力を振るわない
誰も折られない
こんなことは、余所の本丸では普通なのだうが、その幸せを感じることが初めてで、戸惑うばかりだった。
自分を優しく手入れする目の前の生き物にソッと目をやる
(そういえば・・・カオナシって言ってましたっけ・・・)
あの時、大仏顔の少女が言っていた言葉を思い出す。
”カオナシの手入れは気持ちが良い”
本当にその通りだった。まだ審神者を信用できないため、緊張感を持っているし、手入れのたびに後ろで見張っているいちにいもいるから、寝ることは出来ない。しかし、あまりの心地よさに瞼が重くなってくる。
(触ってもらったら・・・どんな感じなんだろう)
秋田藤四郎はそう考えるようになった。
短刀は懐刀だ。主の一番近くにいる刀。
だからこそ、本当は”主”がほしい。
審神者は怖い。だけど、主が欲しいというのも、戦いたいという気持ちと同じ本能である。
軽傷なので手伝い札を使わず、30分ほどで終わった手入れが終わり、ジッと秋田藤四郎はカオナシを見た。
一期一振はその場から動かない秋田藤四郎に「早く部屋に帰りなさい」と一言声をかけた。
「はい」と立ち上がろうとした時、カオナシが「あ」と声を漏らした。
(喋れたんだ!)
好奇心旺盛な秋田藤四郎はそこでまた、足を止めてしまう。
カオナシを見ていると、焦った様子で、後ろにあった何かを手にとった。
そして、それを秋田藤四郎に手渡そうとした。
もちろん、一期一振は刀に手をかけてその様子を見守っていた。緊張感が走る。
しかし、秋田藤四郎の目の前に現れたのは、お守りだった。
とても清らかな気を発しているお守り。
「僕に・・・ですか?」
そう問うと、カオナシは大きく頷いた。
警戒を解かない一期一振を気にしつつ、そっと、秋田藤四郎はそれを受け取った。
(!!)
触った瞬間に、感じたこともない、清浄な心地の良い霊気がその身を包んだ。
心地よい。
まるで何かに優しく包まれているようだ。暖かく、このお守りを触っているだけで、幸せになるような、そんな感覚がした。
「秋田、それは返しなさい」
後ろから、冷たい一期一振の声が聞こえる。審神者から物をもらうなと言っているのだ。
しかし、秋田藤四郎は返したくない。この心地よさを手放したくないんだ。
「ど、どうして僕に・・・?」
恐る恐る秋田藤四郎はカオナシに聞いた。
少し困った様子のカオナシは、周りをきょろきょろ見回した後、立ち上がり、後ろに控えてあった紙に筆で何かを書いた。
そして、それを書き終わったと同時に、彼に恐る恐る見せて来たのだ。
その言葉に、喉が焼けつくような感覚がした。
目からは耐えられずポロっと涙がこぼれた。
昔はつらくて、たくさん泣いた。
仲間が傷つけられるのが怖くて、
折られるのが嫌で、
痛いことがつらくて、
ひっそりといつも声を殺して泣いた。
(ああ、嬉しいと感じても涙は出るんだな)
秋田藤四郎にとって、始めてのうれし泣きだった。
その様子を見ていた一期一振が、刀を抜いた。
そして、カオナシに切りかかる。
「弟に何をしたのです!!」
その声は怒りを含んでいた。
殺意をあらわにし、切りかかったはずだが、やはり刀は審神者には届かない。結界がそれを守っているのだ。
そんな兄に焦りながら、言葉を紡ぐ
「い、いちにい!ぼ、僕は大丈夫です!ただ、嬉しくて、」
「嬉しい?」
不思議そうに聞き返す一期一振は本当に意味がわからないのか、怪訝そうな顔をした。
秋田藤四郎は再び、カオナシの目の前に座り直す。
「秋田、」
一期一振が心配そうにそう声をかけたけど、その声を遮って
「あ、あの、カオナシさん・・・」
急に切り込まれ、困惑した様子だったが、突然名前を呼ばれ、カオナシはジッと秋田を見た。
「あ、あの、頭を撫でてください!」
そう、秋田藤四郎は言った。
その言葉に困惑したのは一期一振のほうだった。
「秋田、何を言っているだ、やめなさい!」
「大丈夫です、いちにい!心配なら、隣で見ててください」
「しかし・・・」
「カオナシさん、お願いします・・・」
ピンクのフワフワした頭を差し出せば、カオナシは恐る恐る手を伸ばしてきた
そして、
その手が秋田の頭に触れた瞬間
ブワッ
と秋田から、桜が舞った
(やっぱり、)(きっと、この人は)(この人は、僕たちのこと・・・)
触れられた手から溢れる、優しい霊気
その全てから、感じられた気持ち
守りたい、優しくしたい、可愛い、愛おしい、抱きしめたい、大切にしたい、大好き
そんな審神者の気持ちが全て
彼には伝わったのだった
秋田藤四郎はいても経ってもいられず、カオナシに抱き着く
「秋田・・・!」
そう一期一振が声を荒げたが、気にすることもないように抱き着く
カオナシの秋田藤四郎を撫でる手は止むことがなかった
倒れそうなくらいの心地よさを感じ、だけど、隣にいる一期一振には遠慮して、
(いつかは・・・この人のこと、主君って呼びたいな・・・)
そう思いながら、秋田藤四郎は幸せに酔いしれた
彼の足もとには「折れてほしくないから」と審神者のウソ偽りのない本心が書かれた、一枚の紙が落ちていた。
「さおちゃん、デレデレだぞ」
短刀に抱き着かれたと帰ってきた姉はデレデレの顔のままニヤニヤしていた。
本当に嬉しかったのだろう。幸せそうだ。
翌日になっても突然思い出しかのようにニヤニヤする姉を見て、大丈夫かこの人と妹は思っていた。
「マジで、秋田くん天使すぎるつらい」
「うけるなマジで」
「生きてるのつらい、私いつか殺される」
「うけるw」
「死因:キュン死」
「いや、私もイケメンに囲まれてキュン死したいわ」
「いや、私短刀ちゃんに囲まれてキュン死したいわ」
「死なれては困ります!審神者様!」
こんのすけのその言葉を無視しながら、今日もゲームに勤しむ2人。
一日中ジャージでゴロゴロして、好きな時に好きなもの食べて、ゲームとかアニメとか好きな事をする生活が最高すぎた。
と、
突然誰かの気配に窓を見る
「・・・誰か来たね」
「うん」
こんのすけまで警戒態勢だ。
ここの離れは塀がある。中を見られたくないので、塀の周りには木を植えてもらった。(政府に注文したら一瞬で家の周りに木が生えた)
結界もあり、塀の中までは近づけない彼らからは、中の様子は見えないはずだ。
だが、2人は気付く。そして、その警戒を簡単に解いた。
そう、その気配は・・・
「・・・短刀、だね」
「うん、気配まで可愛い」
「>>>気配まで可愛い<<<」
「さ、審神者様、短刀は機動も早く、危険です!油断されませんよう!」
「いや、でも、大丈夫だよこれ」
「うん大丈夫だね」
そうして2人は顔を見合わせて、こうつぶやく
「「殺気が全くない」」
実際に外にいる短刀たちには、審神者を害する気持ちが全くなかった。
昨日、秋田が手入れの後に持っていたのはお守りだった。そのお守りを触らせてもらえば、あまりの澄んだ気に”羨ましい”と感じてしまったほど。
そこで、五虎退が「僕も・・・欲しいです・・・」と呟いて現在に至る。
審神者の離れを偵察に来たのは、昨日の秋田藤四郎、五虎退、博多藤四郎、それから乱藤四郎の4人だった。
ソッと本丸を抜け出してきた4人は、静かに離れを見る。
「審神者さんたちいるよね?」
「いると・・・思います・・・」
「クンクン・・・なんだかいいニオイがするばい」
「大丈夫ですよ、カオナシさんは良い人です!」
そう言って、自身満々な秋田が中に入ろうとする。
それを止めたのは、このメンバーの中では一番お兄さんな乱だった。実際、コソコソ離れにいくことを計画している3人の保護者のつもりで着いて来たのだった。
「まって、ここ結界が貼ってあるから中には入れないはずだよ」
「そ、それは危ないですね・・・」
「中に入った瞬間、切り裂かれるような結界ならどうするつもり?」
「でも、そんなこと、カオナシさんはしないと思いますよ」
「それはわからんばい」
コソコソとどうするか相談する4人。確かに、離れに来たからどうしろと言うのだ。
あれだけの殺意を向けていた相手に、自分たちはどうしたいのかもわかっていなかった。
ガチャン
((((!?))))
扉が開く音に警戒し、4人は後ろへ飛び、塀の影に隠れる。さすがは機動力と偵察力の高い短刀だ。
中から出てきたのは、ジャージ姿で、サンダルを履いた審神者だった。
手入れをしに来た時のような、変な被り物はしていない。完全にスッピンのねぇちゃんである。
4人は警戒していたが、そんな4人に審神者は声をかけた。
「おーい、餌付けしにきたぞー」
よくよく見れば、皿のようなものを両手に手に持ち、彼女はその場に立っていた。
餌付けとは、我々に言っているのだろうかと、誰もその場から動けない。
一番に動いたのは、なんと
「あ!ダメです・・・!」
五虎退の小虎たちだった。
虎たちは、何事もないかのように、結界の中に入り、そして、審神者の片手にあった食事に群がった。
「くっそかわいいな!!!!とら!!!!!」
ほら!!たんとお食べ!!と小虎たちの前にことんとお皿を置くと、そこに五虎退の小虎たちは群がった。
刀剣たちが何も食べさせてもらっていなかったということは、もちろん小虎たちも何も口にしたことがないため、初めての食事に喜んでいるようだった。
そんな小虎たちを初めて見た五虎退はぽかーんとその様子を眺めていた。
「ふふふ、やはり高級猫缶で正解だったな・・・虎はネコ科!」
すると、再び、ガチャリとドアがあき、中からカオナシが出てきた。
カオナシはペコリと頭を下げると、こちらにやってきた。
「あ!カオナシさん!!」
次に走り出したのは、秋田だった。
昨日のカオナシの優しさを忘れられなかった秋田は、簡単に結界をすり抜け、カオナシに抱き着いた。
カオナシは一瞬戸惑ったようだが、すぐに秋田の頭を優しく撫ではじめた。秋田の周りには桜が舞う。
目の前に立っていたジャージ姿の審神者は、もう片方の空いている手で、持っているお皿の中のものを掴んだ。
そして、3人に向かって説明を始める。
「これは、カオナシが先ほど私のために作ってくれたチーズケーキだ!これをきみたちにわけてあげよう!1つ言っておくが、これは私の大好物なので、今すぐ来なければもうあげることが出来ない!」
そう叫ぶと、一口自分で食べた。そして、「うまー!」とその顔は綻んだのだ。
「カオナシさんの手作りですか!?僕も食べたいです!!」
そう言うと、秋田は目を輝かせた。
審神者は「ほれ」と一切れ、秋田にとらせると、秋田は目を輝かせてなんの躊躇もなく一口チーズケーキを口にする。
その瞬間、秋田の目は大きく見開き、ブワーッと先ほどより一段とサクラが舞い散った。
美味しいとも、味の感想も何も言わずに、パクパクとチーズケーキを食べ進めていく。
初めは毒でも仕込まれているのではと警戒していた3人は、その姿にゴクリと喉を鳴らした。
一切れチーズケーキを食べ終わった秋田は、ちらちらと3人のほうを見ると、
「あの、みんな食べないようなら、もっと食べてもいいですか?」と審神者にお願いしだしたのだ。
それに焦った3人は
「だめーーーー!!」
「だめばい!!」
「だ、だめですぅ・・・!」
とあっさり結界の中へ入り、チーズケーキを食べ、撃沈。
家の庭にピンクの道が出来ることとなった。
「ボクたち、秋田から審神者さんのことを聞いてやってきたんだ」
とりあえず、中に4人を入れ、お茶を出してあげる。ついでにポテチやチョコレートなどのお菓子も用意してあげれば、4人は手が止まらないようで、ずっと食べ続けていた。
夕飯食べれなくて短刀ちゃんたちが怒られたらどうしようかと姉は一瞬考えたが、すぐに考えを改める。
そういえばこんのすけから、前任者はこの子たちに食事を与えなかったため、いまだに特に何も口にしていないようだと聞いたからだった。
カオナシはキッチンの棚に行くと、隠しておいたおやつを出し、どんどん短刀たちに与えた。妹のストックしていたアイスを与え始めた時はさすがに妹はキレそうになったが、短刀ちゃんからの「何これ!?冷たくて、甘くて、めちゃくちゃ美味しい!」という一言で、「そうだろう」と満足気に頷いたのだった。
「秋田が、カオナシさん?のことをすごい幸せそうに僕たちに話してくれて、そしたら五虎退が秋田の持ってたお守りを欲しいって言い出したんだ」
そんな秋田くんは、すっかりカオナシさんのことを大好きになったのか、カオナシさんのお膝の上でお菓子を頬張っている。
カオナシの完全勝利Sである。
「そうかい、それはよくあのお兄ちゃんたちが許したね?」
妹の審神者がそう聞くと、短刀たちは気まずそうに顔を見合わせた。
「い、いちにいには、内緒で来たんです・・・」
「いちにい、僕たちが折れるのをたくさん見てきたから・・・だから審神者さんのことをまだ許せないみたいなの」
「俺は来たのが最後で、前の審神者には全然いじめられんかったばい、それでもいちにいはずっと、この本丸に来ることになってごめんと俺に謝っとった・・・」
すっかり暗くなってしまった3人を見て、妹は立ち上がった。
「まぁまぁ、きみたち、落ち着いてこれでもやりなさい・・・」
そして、なにやら小さなからくりで、四角い箱を操作する。
すると、パッと四角い箱は光り、中には映像と、音楽が流れだした。
短刀たちの間に一瞬緊張が走った。みたこともないからくりに驚いたのだ。
しかし、それは一瞬で、小さな四角いものが配られると、審神者はこういった。
「マリオパーティーしようぜ!!」
薬研藤四郎は焦っていた。
今日は一期一振が他の刀剣に弟たちを任せて遠征に行っている。
あれから、弟たちが虐待されると思っていた一期一振は片時も弟たちの側を離れようとしなかった。
しかし、本丸の天気が良くなり、草木に緑が戻り、そして全体の空気が清浄になっていく今日、一期一振は久しぶりに外にでたのだった。もちろん、他の刀剣に弟たちのことを頼み、いつでも戻れるように連絡用の端末を持って行ったが。
薬研藤四郎はそれは大きな一歩だと感じていた。
常に悲痛な顔をしていたあの頃の一期一振は、少しずつあのことを忘れようとしている。あの頃の悪夢のような毎日を・・・。
この本丸の一番の被害者は、兄弟の多い、一期一振と言っても過言ではなかった。
兄弟たちは審神者の気に障ったら簡単に折られた。
それを見せつけるかのように、また鍛刀し、そしてまた折られる。
無理な出陣を繰り返し、どんなに傷ついても手入れはしてもらえなかった。
痛い、苦しい、弟たちの悲痛な叫びを、まるで自分のことのように感じ取っていた一期一振。
弟たちを折るなら、自分を折ってくださいと懇願しても、レア度の高い一期一振は折られることもままならず、ただひたすら鬼のような所業を見せつけられるだけだった。
何度も何度も審神者を殺したいと思ったが、主と一度認めてしまった刀剣たちは審神者を殺すことはできないようになっていた。あの時、顕現した時にこの男を主と認めなければと、何度後悔したことだろう。
薬研藤四郎は、初期鍛刀だった。
審神者が初めてのチュートリアルで顕現させたのが薬研藤四郎。
そのためなのか、薬研藤四郎は一度も折られることはなかった。
だが、折られたいと思ったことはたくさんあった。折られていく兄弟をずっと見ていたから。一期一振と共に、弟たちが折られるところをずっと見続けていた薬研藤四郎も、審神者のことが大嫌いになっていた。
もちろん、新しく来たあの2人の審神者も嫌いだ。
審神者というものは、自分の都合で刀を顕現し、暴力をふるい、使い捨てのモノのように扱う。なんとも勝手な存在だと思っているからだ。
だから、いくら自分と同じくらいの背丈の刀を握れないような細い腕をした女でも、好きになることはできない。
今は良くても、いつか豹変してしまうかもしれない、そう考えていた。
本丸中探しても、弟たちの姿は見えない。
嫌な予感がする。
(探してないのはあそこだけだ)
そう思い、焦ってやってきたのは、審神者たちが住んでいる離れだった。
昨日、秋田が初めて笑顔を見せた。
そしてその手には、カオナシさんからもらったと喜んでいたお守りが握られていた。
一部始終を見ていただろう、いちにいを見ると、ひどく疲れていたような雰囲気だったが、それでも笑顔を見せた弟のことが嬉しいという気持ちで揺れているようだった。本当はいますぐにでもお守りを捨てたいんだろうと、俺はその気持ちを感じ取ってなぜだか笑えた。
まさかとは思った。
いてほしくないと願った。
しかし、門に近づいてすぐにわかった。
楽しそうに笑う4人の声がする。
俺は、門の前でその声を聞きながら、虐待されていなかったことに安堵する。
そして、俺も中に入ろうとそっと手を伸ばした瞬間、
バチッ
俺の手は結界に弾かれたのだった。
そうだ、この離れには結界がある。何度か周りをうろうろしてた連中はみんな、中には入れないと言いながら帰って来たんだった。
だが、なぜ、俺の弟たちは中に入っているのか?
審神者に騙されて、まさか監禁でもされているのだろうか?
嫌な予感がして、不安になりながら中をしばらく覗いていると、
ギィッ
と扉が開いた。
「ほらね、お迎え来てたでしょ」
そう言って、審神者の姿が見えた。
その後から、「あ、薬研兄さん!」と言いながら4人が出てきた。
4人の顔を見て、ほっと胸をなでおろす。
どうやらどこも傷はついていないようだ。
「・・・心配したぞ」
「薬研ごめーん!ちょっと夢中になっちゃった」
「薬研兄さん、ごめんなさい・・・」
「まぁいい、とにかく早く帰るぞ、そろそろいちにいが遠征から帰ってくる」
「それは急がんと!」
そう言う4人は、振り返って審神者に笑顔を見せる。
「楽しかったよ!また来ていいでしょ?」
「ご、ごちそうさまでした・・・!虎くんたちにも・・・ありがとうございました・・・!」
「また来るばい!次はぱそこん教えてくれんね?」
「カオナシさん、また来ますね」
久々の4人の笑顔に驚いている俺に、乱が気付いたように「あ、そうだ!」と審神者におねだりをした
「ねぇ、薬研もおいでよ!ちょこれいとってすごく美味しいんだよ?ねえ、審神者さん、最後にちょこれいと薬研にも食べさせてあげていい?」
おねがーいと乱は言った。
そして、他の面々も、戻ってから食べたらいちにいにばれるから中で食べろと急かしてくる。
だが、俺はこの中には入れない。
入れないんだ。
ギュッと拳を強く握る。
それを見透かされたのか、審神者が口を開く。
「これは”殺意があると入れない”結界だよ。中に入りたかったら、殺意を捨てておいで」
ボソッと審神者が告げたその一言に、その場が凍る。
なるほど、こいつらが入れたのはそういうわけだったのか。
初めて聞いたと言わんばかりのこいつらは、俺の顔をじっとみる。
そして、また4人の顔から笑顔が消えた。
(・・・俺はそんな顔させたいわけじゃないのに・・・)
どうしても、この中に入れない俺に、4人は何を思ったのか、無言のままその場を後にしようとした。
せっかくの楽しかったはずの時間をぶち壊したようで、胸が締め付けられた。
その時、
「あ」
と、秋田曰く”カオナシさん”が声を発した。
その場にいた全員が振り向く。
カオナシは、家の中に入ると、またすぐ戻ってきた。
そして、4人の前に何かを出した。
「わぁ!!」4人の顔が再び明るさを戻した。
それは、昨日秋田に渡したお守りだった。
「嬉しい!僕にもくれるの?」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「これはなかなか値がはりそうなお守りったいね」
「これでみんなお揃いですね!」
秋田以外の3人にお守りを渡したカオナシは、俺のほうにやってきた。
そして、俺の目の前にもお守りを出した。
結界から出ているのか、出ていないのかギリギリのライン。
きっと受け取ろうと思えば、受け取れるんだろう。
しかし、それを受け取ってしまうことは、いちにいへの裏切り行為のようで、おれは素直に受け取ることが出来なかった。
「悪いな、俺っちは遠慮しとく」
そう言うと、俺は体を翻し、本丸へ向かった。
「薬研!」と4人が後からついてくるのがわかった。
その後ろでは、
「あっはっはっはっはっはっは!!!!」
となぜか大爆笑をしている声が聞こえる。
「カオナシ!マジカオナシ!!」
そう言って、地面に転がって笑っている審神者の声を聞いて、
確かに、もしかしたら俺たちは変われるのかもしれない
そう、頭の中を1つの希望が過ぎった