飲み会が終わって 帰り道。
「送るわ」
という白石さんに 私もきちんと謝りたかったから、素直にお願いした。
帰りの電車は混んでいて
でもやっぱり彼は ドアを背にする私を人込みから守るようにかばってくれていて
申し訳ない気持ちで いっぱいになった。
「・・・」
「・・・」
(どうしよう)
(さっきから白石さんも黙ってるし、)
(どうしよう、)
(謝らなくちゃ)
(謝らなくちゃ、)
(謝らなくちゃ・・・)
「「あ、あの」」
そう、声を出したのは 同時で。
「あ、白石さんから、どうぞ」
「や、さおりちゃんから」
「いえ、あの、白石さん、から、」
「さおりちゃんから、って、これやったらいつまでも終わらんから俺から言うな?」
人通りがほとんどない、すでにシャッターのしまってる商店街。
薄暗いその道で 彼は私に向き直った。
「・・・ごめんな、さおりちゃん」
「え」
「いろいろ嫌な思いさせたやろ?」
悲しそうに彼が言って そんなのこっちのほうなのに! と思ったけどうまく言葉が出てこなかった。
「いろいろ、考えてたんや」
「・・・」
「考えてたんやけど、どう伝えるのが一番か悩んでもうて」
「・・・」
「あんまり言うてもさおりちゃん悩ますだけや思うたし、とりあえず普通にしとくのがええかなって思うて」
「・・・」
「けど、それが かえってさおりちゃんのこと悩ましとったんやな」
「・・・」
「ほんまにごめんな」
寂しそうに笑って 白石さんが言った。
(・・・違う)
(違うよ、白石さん)
(謝るのは私の方なのに)
(そんな風に考えてくれてるなんて知らず)
(あなたを責めたのは 私なのに)
どこまで 優しいの、あなたは
(い、言わなきゃ)
(言わなきゃ)
(謝らなきゃ)
(きちんと謝って、)
(それから、)
・・・それから・・・・?
(それから、なに?)
(これで最後にしようって決めたのに)
(これでおしまいって、そう、思ったのに)
それから、 なにを望んでいるのわたし
(・・・だめだ)
(だめだ、だめだ、だめだ)
(・・・彼の優しさに 甘えてしまいそうになる)
(だめだ私)
(ちゃんとしないと)
「・・・し、白石さん」
「ん」
「あの、私、」
「・・・おん」
「私、こそ、ごめんなさい」
「え?」
「白石さんを 傷付けてばかりいるの、私の方で、」
「え、いや、」
「本当に、ごめんなさい」
「いやさおりちゃんは何も悪くな、」
「ごめんなさい、許してもらえなくても仕方がないと思ってます」
「え、なにを言うて、」
「でも私、謝りたくて、本当に ごめんなさい!」
「せやから、」
「白石さん・・・私もうあなたとは会いません!」
「!!?」
「仕事も・・・辞めます!!」
「はっ!!?」
「もう二度と、あなたの前に現れないようにするので・・・あなたはどうか、幸せになってください!!!」
さようなら!!
そう、走り去ろうとした私の腕を
「ちょちょちょまって、」
慌ててつかんだのもやっぱり白石さんで。
「え、なんで、そんな話になったん」
「いえ、私、もうこれ以上あなたを傷付けるわけには」
「ちょまってや、俺がいつ傷ついたって?」
「傷つけましたよ私が!ひどいこといって!悲しい顔してたでしょ!?」
「いや傷ついてはいないで!?さおりちゃんに嫌な思いさせてもうたとは思うたけど、俺自身はなんともないで!?」
「え・・・!?」
「いやそれ言うなら今会社辞めるとかもう会わないとかそっちのがビビったわ!!」
「いえ、わたし本気ですから」
「なして?」
「だから、これ以上あなたを傷付けるわけにはいかないし、あなたの優しさにずるずると甘えるわけにもいきませんし、」
「甘えてや!甘えてええんやでそこは!」
「それは自分が許せないんです!!」
「あー・・・せやったらまず話かえよか?」
「え?」
「・・・ちょ、困らせるで、ええ?」
「・・・大丈夫です、私が困ることなんて何もありませんから」
「・・・うん」
ほな、仁王くんとはあれからどうしたん?
そう、彼はうつむきながら聞いた。
(あぁ、やっと)
(聞いてくれたのね)
(・・なんかおかしいなわたし)
なんとなく、胸が軽くなるような 気がした。
「・・・あれから、とは?」
「いや、そもそもなんやけど!!仁王くんのこと好きなん!?仁王くんとデートしたん!?仁王くんと付き合うてたんやな!?あの元カレって仁王くんのことやろ!?仁王くんにより戻したいって言われてたやん、さおりちゃんも好きやって前に言うてたやん!?まさかもう付き合うてんの!?俺の存在邪魔!?」
そこまで言って彼は あ、すまん と謝った。
一気に聞かれた私は ポカン としてしまった。
あぁ、彼もそんな風に思ったのか
思って、くれていたのか
なんだか少し 胸がうずうずした。
「・・・取り乱してる白石さん、初めて見ました」
「・・・いや、取り乱すわそら・・・すまんな、我慢しとったんやけど」
「や、なんか、嬉しかったです」
そう、少し笑った私を
「・・・っ、」
彼は
思い切り
グッ
抱きしめた。
「なにそれ、なんやねんそれ、嬉しいとかなんなん?やっと笑ってくれたやん、俺ほんまに嫌われたかと思うた、仁王くんともう付き合うんかなとかいろいろ思うてた、せやからその“嬉しい”はあかん、ほんまに、あかん・・・」
(・・・しらいしさん)
「・・・まだなんも聞いてへんけど、言わせて」
(白石、さん、)
「さおりちゃん、好きや。もう仁王くんとより戻してるかもしれんけど、もうそんなん関係ないわ、困らせるかもしれんけどさ、俺、さおりちゃんのことやっぱ好きや、諦められへん」
離さない、絶対に
そう彼は抱きしめる力にグッと力を入れた。
(・・・白石さん)
(・・・白石さん、しらいしさん)
私、バカだね。
やっと気づいたよ。
私、白石さんのこと大好きだったんだね。
だから白石さんが何も言ってくれない、不安がってもいないって
私の事好きじゃないのかなって
勝手に拗ねて 怒って
そうか
いつの間にか私は こんなに彼のことを大好きで大好きで 仕方がなかったのか。
(それなら 仁王くんに手を握られても違和感を感じたって 納得がいくね)
(あんなに恋い焦がれた仁王くんにまた付き合おうといわれても)
(ずっとずっと答えずにいたのは)
(こうやって 白石さんにハッキリと 告白されたかったからなのかもしれないね)
嬉しい
とっても とっても とっても
(・・・だからこそ)
「・・・白石さん、ありがとう」
「ん」
「私、仁王くんとは付き合ってないよ、むしろ金曜日にきちんと謝ってお断りしてこようと思ってた」
「! ほんまに!?ほな、」
「でも、白石さんとも付き合わない」
「え!?」
「・・・私、白石さんのこと、大好きみたいだけど、だからこそ」
「え、」
「付き合えない」
「な、ん」
「ごめんなさい、白石さん、やっぱり私、もうあなたとは二度と会わない」
「・・・」
「好きって、言ってくれて嬉しかったよ。こんな私をずっと好きだと言ってくれてありがとう」
「・・・」
「・・・とっても、幸せだった」
「・・・」
「じゃあ、ここでいいから・・・」
「・・・」
「さよなら・・・」
固まる白石さんに背を向けて
私は歩き出した。
(・・・これでいい)
(これでいいんだ)
(こんな私幸せになる資格はない)
(生涯独身を貫こう・・・)
一歩 二歩
彼との距離が 広がる
(あとは 仁王くんか)
(きちんとうまく伝えられるかな)
(パニックになるとうまく言えないから少し言うことまとめていかなくちゃ・・・)
(・・・しらいしさん)
(ありがとね)
後ろを振り向かずに そう思った
「・・・・・・いや、おかしいんちゃう?それ」
彼の言葉が聞こえて 足を止めた。
「・・・おかしくないです」
「さおりちゃん、俺、それは怒るで?」
「え?(びく!)」
(お、怒るの?)
怖くて 振り返ることができなくて
そんな私に背中から聞こえる声は どんどん大きくなっていく
「・・・仁王くんとより戻さへんのやろ?」
「・・・」
「え、戻すの?」
「戻しません・・・」
「俺の事 好きなんやろ?」
「・・・」
「好きちゃうの?」
「・・・好きです」
「なら、それでもう会わないとか おかしすぎへん?」
「え、」
「なんでそうなるん?」
「や、だって、」
「聞いてへんかった?おれ、さおりちゃんのこと好きなんやで?」
「・・・聞いてました」
「さおりちゃんも俺の事好きで、俺もさおりちゃんのこと好きで、なんでもう会わないってなるん?」
そして 彼は
後ろから 私を抱きしめて
「・・・頼むわ、もうどこも行かんとって」
私の肩に 顔をうずめてそう言った。
(・・・・)
「・・・さおりちゃんと連絡つかんくなって、俺かて平気やなかったで、死ぬほど落ち込んだんやで」
「・・・」
「もうあんな思い、二度としたない」
「・・・」
「・・・さおりちゃんのことやから、自分なんて幸せになる資格ないとか思うてると思うけど、」
「・・・」
「そんなん、間違いやで」
「・・・」
「さおりちゃんがおらんと、俺が幸せになれへん。それに、さおりちゃんも俺がおらんとあかんと思う!」
「・・・でもね、白石さん、私最低なことをしたから本当に幸せになる資格はないの」
「いやせやから、」
「二兎を追うもの一兎も得ずって言うでしょ?」
「・・・いや、二兎追ってなかったやん」
「え?」
「さおりちゃん、俺の事好きなんやったら最初から俺しか追ってなかったやんか」
「・・・」
(う、うわぁ)
(ちょっと待って)
(え、そうなの?)
(なにそれなんか)
「・・・すっごい恥ずかしい」
「え、ほんまに自分の事なんもわかってへんな!」
「・・・や、そんなことは」
「・・・俺のこと 幸せにしてくれへんの?」
俺、ずっとずっと長い間片想いしたんやで、もういい加減両想いにさせてや
白石さんは、困ったようにそう笑った。
(・・・わたし)
(わたし、)
「・・・好きやで、俺と、付き合うて」
できればずっとそばにおってほしい
(・・・わたし、)
白石さん、ずるいよねほんと
そんな顔でさ、ずっとそばにいてなんて言われたらさ
難攻不落な私だって 心が揺らいじゃうよ?
(ねぇ、)
(私、幸せになっていいの?)
そして ふと
私を抱きしめている彼の手が震えてるのを見て
(・・・あぁ、違う)
(私が幸せになるんじゃないんだ)
(私が彼を 幸せにしなくちゃいけないんだ)
(罪滅ぼしのためにも)
(一生をかけて)
なんとなく、そんなふうに思った。
「白石さん」
私は 彼の腕からスッと抜けて
そして彼に向き合った。
「私、白石さんが 好き」
「うん・・・うん、」
「優しくて明るい白石さんが 大好き」
「ん」
「・・・泣きそうにならないでよ」
「・・・おれかて余裕ないねん、」
「うん・・・」
「必死やねん」
「うん・・・」
「嬉しいねん、めちゃくちゃ、」
「・・・うん」
「・・・付き合うてくれますか」
ぐっと彼は私の手を握り 力を込めた。
(・・・もちろんです)
心の中で そう答えて
「・・・ごめんなさい」
「・・・は!?なに!?なんなん!?なにがあかんの!?まだだめなん!?もうなに俺どないしたらええの!!泣くで!?おれ泣くでほんま!!」
「いやもう涙目じゃないですか」
「あぁ~・・・もう・・・自信なくなってきたわ・・・」
「いえちゃんと聞いてください」
「・・・はい」
「私中途半端なことはできないので」
「・・・」
「仁王くんと金曜日に会って ちゃんとお断りしてきます」
「あ、」
「そしたら、ちゃんと進みますから」
「あぁ~・・・そぉかぁ~」
「・・・待っててください」
「・・・ガンガン来られて揺らいだりせぇへん?」
「・・・たぶん」
多分ってなんやねん~ とか言いながらも
なんだか白石さんは嬉しそうで
すごく 子供みたいな恥ずかしそうな顔をして
「・・・待ってます、いつまでも」
そう言ってくれた。
(・・・うん)
それからお互い何もしゃべらなかったけど
なんとなく 想いは通じたように感じた。
決戦は金曜日。
仁王くんにたくさん謝って
そしたら 白石さんに、会いに行こう。
そう思いながら自宅前で なんだか足取りの軽い彼に手を振った。