木10 ~VOL.18~

それじゃあ「気になる人フォルダ」にいた人は上書きで削除されたのかというと
そこは私、必ずバックアップを念入りに取っているので削除なんてするわけがない。
「気になる人」から「忘れられない人」フォルダへと移動されたのだった。

 

 

今日はまた白石さんに誘われてお食事に来ている。
もう何度目だろう…
こうして白石さんとふたりで食事や、遊びに行くのはもちろん
毎日来るメールもいつの日からか楽しみにしている自分がいた。

 

(すごいマメなんだよね…)
(でもそんなの先にも後にも私だけだって言ってくれて…)
(これってすごい、幸せなことだよね)

 

あの朝 彼は本当に嬉しそうで
愛してる、幸せだと言ってくれていたのに。
酔った女を抱くような人気持ちが悪い、だなんて固定観念にとらわれて
すごくひどいこといっぱい言ったのに
彼は諦めずに、ずっと好きでいてくれた。

 

その優しさと、誠実さと、男らしさに
惚れないわけがないのだ。

 

彼は私の中で もうひとつ上の
「好きな人フォルダ」へ、移ろうとしていた…。

 

 

「ほんで、あの仕事上手くいったん?」
「あぁ、あれ、上手くいったよ!白石さんのアドバイスのおかげで」
「いや、俺はただあそこの課長さんの好み教えただけやから」
「それで充分だよ、あの課長さん少し気むずかしいから先輩たちもいつもダメ出しばかりされて困ってたみたい…今回はすんなり上手く行ったから助かったよ、ありがとね」
「お役に立てて光栄やわ」

 

彼はにこやかにそう言ってくれる。
いつもすごく優しいんだ。
いつもすごく優しいから
だから私は それに甘えすぎていたのかもしれないね。

 

「あー、美味しかった…白石さんが連れてってくれるお店はいつも美味しいね」

 

帰り道。
明日も仕事だから夜更しはしない。
ご飯食べて9時には解散。
でも彼は毎回ちゃんと家まで送ってくれるのだ。

 

「フッフッフ!めっちゃリサーチしとるからな!」
「…ありがとう」
「お、素直やな!そういっていろんな女の子連れて来てるんじゃないの〜とか言われるかと思うたんやけど!」
「そんなこと言って欲しかったの?」
「いや、さおりちゃんの為だけやもん。やっとわかってくれたんかなって嬉しいわ!」
「…うん」

 

素直に頷くと 彼もそれを見て笑ってくれた。
なんて 幸せなんだろう!
今私 すごく幸せだと思う。
だから少し、浮かれ過ぎていたかもしれない。

 

「あのさ、さおりちゃん」
「なぁに?」

 

彼が少し 気まずそうに 口を開いた。

 

「…変なこと、聞いてもええ?」
「…え?」

 

立ち止まって 彼を見ると

 

(…わぁ)
(キレイ)

 

街灯のあかりに照らされて
物哀しげな彼は
それはそれは美しいと思った。

 

「好きな人、おるって言うてたやろ?」

 

(あ、)

 

淋しそうな彼の顔を見て
自分で言ったことなのに なんだかズキンと胸が痛んだ。

 

そうだ、私、彼にそう告げた。

 

でも今はもう違うよって訂正しなければ。

 

後悔なのか、なんなのか。
胸がズキズキと動き出した。

 

「…うん」
「どんなやつなん?」
「えっと…その、ま、前は好きだったけど、今は、」
「今も好き?」
「う、ううん!今は違うの!…クシュン!」

 

(うわー…)
(このタイミングでクシャミしちゃうとか)
(私バカか…)

 

「あ、寒いよな?最近冷えるし…歩きながら話そか?」

 

家まではあと少しなのに
なんでか足取りが重い。

 

白石さんが、なんだか元気ないから
すごく悪いことをしている気分になってしまった。

 

(…言わねば)

 

きちんと。
今は、あなたが好きですって。

 

 

「あのね、白石さん、」
「さおりちゃんが好きになる人ってどんな人なんやろって、ずっと考えててん」
「…うん」
「あ、いや、すまん!言いにくかったらええねん!失礼よな!なんか俺今日飲みすぎたみたいやわ!気にせんといて!!」
「…ううん、ちゃんと話すよ」
「え…」
「白石さんには嘘も隠し事もしたくないから」

 

(たとえ過去の事だとしても)
(きっと、これからずっと白石さんといるなら、避けては通れない話だと思うから)

 

私は歩きながらポツポツと話し始めた。

 

「…その人は高校が同じだったんだけど」
「そうなんや、同い年?」
「…うん、3年間同じクラスで、入学式の日に一目惚れしてね」
「へぇ、羨ましいなその人」
「ずっと憧れてて、」
「おん…」
「…カッコイイカッコイイキャーキャーって言ってたんだけど」
「さおりちゃんイケメン好きやもんな」
「うん、そうなの。でもね、なんとね、奇跡が起きて…」
「ん?」
「卒業式で告白されて付き合うことになったの」
「お、すごいやん!…ってことは好きな人って、元カレ?」
「…うん、そうだよ」
「…そっか、そら強敵やなぁ。どれくらい付き合うたん?」
「…2年くらい」
「結構長いな」
「うん、でもね、2年も付き合ったはずなのに私1度も彼の前で本気で笑えなかったんだ」
「え?」
「2年間、ずっと緊張しっぱなしで」
「えぇ…」
「デート中絶対トイレ行けないし…余計な話は全くしなかったし、緊張し過ぎて吐きそうだったし」
「そこまで!?」
「うん…ひどいもんだったよ」
「そうか…そんなに好きやったんやな」
「好き、ってゆーか、憧れの気持ちが強すぎたのかもしれないね…大好きだけど彼に嫌われないように必死になりすぎて、それがかえって悪循環で…」
「あー…でもそれでよぅ2年間付き合うたなぁ」
「そんなに会わなかったからかもしれない。お互い自由で、会える時に会ってた感じだったから…会わない時は1ヶ月に1回とか…」
「会わなすぎやな!」
「ほんとね、付き合ってるのかどうかもわからないよね…。結局私が短大卒業して社会人になったら本当に時間も合わないし全く会えなくなって…私から電話で別れたんだけど」
「そうか…」
「でも、別れたとき、正直…ほっとしたの」
「え?」
「…おかしいでしょ?好きすぎてずっと緊張状態だったから…やっと解放されたと思った…」
「…大好きなんやな」
「…うん、大好きだったよ。だから別れてからも心にずっと残ってた。上手くできなかったことも後悔しててね、やり直せるなら今ならもっと上手くやるのにって…もっともっと彼を大切に出来たのにって、ずっと思ってた」
「…ほんま、真面目やわさおりちゃん」
「違うよ、自分が緊張するとか、私なんかってマイナスの気持ちが大きすぎて独りよがりになってたんだよ」
「…」
「もっと、私を好きだと言ってくれた彼を信じて大切にしたらよかった」
「…その彼がうらやましいわ、こんなにさおりちゃんに愛されて」
「え、違うよ、違うの、それは過去の話で今は、」

 

 

 

マンションの前に
ついたの

 

 

 

「さおり」

 

 

 

そして

 

 

 

(…え?)

 

 

 

今、白石さんとそんな話をしていたから幻聴が聞こえたのかと

 

聞き慣れたその声に、耳を疑った。

 

 

 

そして

 

 

 

「仁王くん…?」

 

 

 

私より先に 声を出した白石さんを見上げて

 

心臓が   ものすごく早く    動き出した。

 

 

 

「…白石?なんでここに、」
「それは俺のセリフや…なして仁王くんがここにおるん?…さおりって、何…?」
「…迎えに来たんじゃ」

 

 

 

(どうしよう)

(どうしよう)

(どうしよう)

 

 

 

胸が熱くて苦しくて痛くて  息ができない

 

 

 

「さおり、もう気を使わせるような付き合いなんてせんから、」

 

 

見上げた白石さんの顔が
見る見ると  歪んでいく

 

 

「やり直すぜよ……愛してる」

 

 

(あぁ、)

 

 

それ以上  白石さんの顔を見れなくて

私は  振り返った

 

 

(仁王、くん…)

 

 

そこには、私が恋焦がれた  彼がたっていて

相変わらずの妖艶な雰囲気に、息を飲み込んだ。

 

 

サァ、と風が吹いて
私たち3人の 髪を揺らした。

 

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