「白石くん、大丈夫?飲み過ぎじゃない?」
「大丈夫やって、俺強いから」
そういう彼の目はいつもと違ってなんだかトローンとしているようだった
入った居酒屋で通されたのは、小さな個室
不思議なことに、男の人とと2人きりでも会話は進む
いつもなら男の人と2人きりならけっこう気を使うくらいなのに、白石くんとはずっと会話が途切れることなく、楽しく話をすることができた
「めっちゃ楽しいわ!」
彼もそう感じているのか、そう言いながら飲むペースが早い気がした
だけど、少したしなめたところで、彼は「大丈夫」としか言わないのだった
(本当に大丈夫なのかな・・・?)
(なんか、いつもと違う気がするけど)
(まぁ、話してる感じはいつもと変わらないんだけどさ・・・)
そんなことを考えていると、彼から話しかけられた
「なぁ、まえさん」
「ん?」
「・・・実は入社前に俺と会ったことあるんやけど・・・覚えとる?」
「え!?」
突然、そんなことを言われたものだから、驚いてしまった
(ええー会ったことあるの??)
(ホントかなーーー!?)
(私、こんなイケメンと会ったことあるのに忘れてるの???)
(いや・・・忘れるはずないよなぁ・・・?)
私が考え込んでると、「・・・まぁ会ったっちゅーより、俺が見かけただけなんやけど、」と言い直した
「・・・え?いつ?」
「んー、俺が就活してた頃やから、2年くらい前?」
「え、全然覚えてない・・・」
「せやろなぁ、覚えてないと思うで」
「え、どこで?」
「大阪の説明会で、」
「・・・あー、私が写真撮りに行ってた時かな・・・」
「そうそう、説明会の写真一生懸命撮ってる人がおってな」
心なしか、楽しそうにそう話始める白石くん
「背ちっこいから、会場の全体写真撮るのに必死に椅子にのぼって撮っててな、」
「ちっこいって・・・」
「ハハ、ホンマのことやんか」
「うん、そうだけど・・・」
「ほんでな、説明会に来た就活生の中に、車椅子の人がおってな」
「・・・うん」
「荷物持ったり、椅子を片付けてその人のための場所作ったり、とにかくずっとその人に気を使っててな」
「・・・」
「その人が会場出る時も荷物持ってあげて、」
「・・・」
「その人が混んでてエレベーター乗れそうもない時も、「車椅子の人がいるので、エレベーター乗せてください!」ってめっちゃ大きい声で叫んで、」
「・・・」
「ほんで、その人がエレベーター乗ったら自分は階段で荷物持って下まで降りて」
「・・・そんなこともあったかもしれないけど、あんまり覚えてないや」
「おれ、そん時、ほんまにすごいと思った」
「え?」
「見て見ぬふりをするする人もたくさんおるのに、まえさんは絶対そんなことせぇへんかった」
「・・・そんなことないよ、普通だよ」
「普通やないよ」
「・・・」
「この前仕事でなんかあった時あったやろ、相手先に謝り行くって言っとった時」
「ああ、うん」
「あん時も率先して、みんなが嫌な仕事を引き受けて、」
「いや、あれは私にも関係があったし、私のミスじゃないから行けたんだよ」
「自分のミスでも行くやろ」
「まぁ・・・そうだけど」
「任しとけ!って言ったまえさん、めっちゃかっこよかったわ」
「え、そんなことないよ」
「ホンマ、真面目でめっちゃ優しいと思う」
「やめて、ホント、私ただの偽善者だから」
「そんなことないやろ」
「あるよ、人の役に立ってお礼言われるのが好きなんだよ、偽善者でしょ」
「ちゃうよ、それは偽善者って言わへんねん」
「偽善者だよ」
「ちゃうって、偽善者は自分にプラスになるような見返り求めてんねん、まえさん相手にお礼言われるだけやん、なんも得せぇへんやん」
「・・・」
「それは偽善者って言わへんよ、”いい人”って言うねん」
(・・・びっくりした)
(なんか私めちゃくちゃ褒められてる?)
(こんなに人に褒められることなんてないからびっくりだよ)
(まぁちゃんくらいだよ、私のこと褒めてくれる人なんて)
まぁでも
私のことそうやって見ててくれたのは
嬉しい
私も少しお酒が入っていたからか、
いつもだったらずっと否定し続けているところだけど、
なんだかすんなり彼の言葉を受け止められて
「ありがとう」
そう、笑顔で彼に言う事が出来た
「・・・」
「ふふふ、すごく嬉しいよ、ありがとう」
「・・・」
「褒められる事あんまりないから嬉しい」
「・・・」
「ありがとね、白石くん」
私がそう言って、白石くんのほうを見ると、
「・・・」
白石くんがジッと私を見ていて、
(ドキッ)
私は思わず、胸が高鳴ってしまった
(わわわ、)
(なんかめっちゃ見られてる!!)
(どうしたんだ白石くん!!)
(なんだこれ、恥ずかしい!!)
なんだか、顔に熱が集まってくるような気がして、私はすぐに目線を反らした
そんな私に、彼が話しかけてきた
「なぁ、」
そう言うと、
(え?)
向かいに座っていた彼が急に立ち上がり、
ギシッ
私の傍にやってきた
(えっ・・・)
(な、何・・・?)
少し後ずさりをした私にお構いなく、白石くんは距離を縮める
「まえさん、こないだ言うてたよな」
「え、な、何が?」
「・・・壁ドンしてほしいって」
「え!?あ、あれは私が言ったんじゃなくて・・・!!」
「してみよか、壁ドン」
そういうと、
トンッ
彼は私を壁に押し付ける形で、
私の目の前に来て、壁に手をついた
(え・・・)
(ちょ、ちょっと、)
(これって・・・)
壁ドンじゃん!!!!
彼の顔が近い
すぐ目の前に彼の顔がある
そして、その目線は
真っ直ぐ私を捕えていた
(や、)
逃げたくても逃げ道なんてない
私は身動きもとれず、彼のことを見つめていた
(ど、どうしよう・・・)
「し、しら、」
「まえさん、」
そうして彼の顔がどんどん近づいて来て、
(え、)
(え、)
(ど、どうし)
私は彼にクチビルを奪われた
「・・・」
あまりにもびっくりして、すぐには体が動かない
アルコールのニオイがして、
(や、)
私は、
「や、やめて!!」
思い切り、彼を押した
私の力じゃ彼を突き飛ばすことは出来なかったけど、
少し体が離れた隙をついて、その場から逃げだした
そして、カバンを手に取ると、部屋を出て、
その場から逃げるように走り去った
(な、)
(なんで・・・)
タクシーに飛び乗って、家に帰る
時間はもう、12時を回っていた
玄関の扉を開け、靴も脱がずにその場にしゃがみ込んだ
「うっ、うっ、 わぁぁぁああん」
その日はまぁちゃんがいないから、
私は、声を出して、泣いた