6月。
この時期は、もうみんな忙しくて、ほとんど家にいない。
4月末から、テニスの地区予選が始まって、
5月に地区大会、6月に都大会(さおちゃんは県大会)、そして、来月関東大会があるだとかで、みんな忙しい。
今は都大会の真っ最中で、3バカもさおちゃんもいない。
だから、アタシは1人で暇である。
(あーあ、どこいこっかなー)
(あ、そういえば自由帳ないから買いに行かないと)
(ついでにシャープの芯も買って・・・)
(文房具屋いこーっと)
そんなこんなを考えながら、アタシは家を出た。
「おう、まなみちゃん!」
ノートを買ってフラフラ歩いてたら、山本のおっちゃんに声をかけられた。
ほんと、この辺の商店街のみんなには、小さい頃からお世話になっていてね…。
こうして声かけてくれるから、変態さんなんていない平和な町だよ…。
おじちゃんおばちゃんたちのおかげで、みんな無事に育ったようなものだよ!
「おっちゃん、今日も美味しそうなコロッケだね」
「おう、1つ持ってきな」
「おっちゃんいつもコロッケくれるけど、商売ならんしょ」
「ハハハ、コロッケくらいならいいさ」
「おっちゃんホント太っ腹だな」
「おうよ、腹のでかさだけは誰にも負けないからな!」
「自分で言うのか~」
「ところでよ、まなみちゃん」
「ん?」
「最近あの金髪の子に会ってるかい?」
金髪の子
おっちゃんの一言で、コロッケをもらおうとした手が止まる。
(金髪の子って・・・)
(もしかして・・・)
アタシはその答えが頭の中に浮かんだのに、なかったことのように打ち消した。
「やだなぁ、おっちゃん。金髪って言ったらジロのこと?ジロなら毎日会ってるじゃん!」
「え、いや、あの関西弁の子だよ!ここ数ヶ月来てなくてどうしたのかなぁって思ってな」
「数ヶ月?」
「ああ、春くらいからかなぁ」
「・・・それまでは来てたの?」
「ああ、来てたよ。そして、いっつもソワソワしてんだよなー」
「・・・」
「で、まなみちゃんのこと待ってるかい?って聞いたら、何時くらいにここ通りますか?って聞かれてさぁ」
「・・・え」
「しばらく待ってたけど、まなみちゃん来なくていつもしょげて帰るんだよ」
「・・・」
「ケンカしたのかいって聞いたけど、そんなじゃないって言われてな」
「・・・」
「正月も来てたし、春休みも来てたかなぁ」
「・・・」
「ああ、でもあの子も3年生なんだっけか?中3と言えば受験もあるしなぁ。そろそろ本格的に勉強だし忙しいだろうな!」
「・・・」
「ま、何があったか知らないけど、あんまりケンカ長引かせたらダメだぞまなみちゃん!ハハハ!」
「・・・おっちゃん!コロッケご馳走様!!」
「え、あ、まなみちゃん!?」
アタシは、もらったコロッケを持って急いでその場から走り去った。
(・・・どういうこと?)
(あれから、)
(あの夏のあとも、ここに来てたの?)
あんなにひどいこと言ったのに・・・?
(・・・アタシのこと嫌になったんじゃないの?)
(・・・なんで、まだ、おっちゃんのコロッケ食べに来てるの?)
ただ単に、おっちゃんのコロッケが美味しいからなのかもしれない。
忍足に用事があったついでに寄っただけなのかもしれない。
たまたま来ただけかもしれない。
でも、
それでも、
(何で、ここに来てたのとか、)
(アタシのこと待ってたのかなとか、)
(なんで連絡くれないのとか、)
(会いたかったとか・・・)
いろんな感情がごちゃまぜになって、無性に泣きたくなった。
嬉しさもあるけど、
悲しさのほうが大きくて。
(だって、来なくなったって言った)
(もう数ヶ月来てないって、)
きっと、ここにもう彼は二度と来ないだろうと思ったし、
きっと、二度と会う事もないのかもしれないと思ったら、
鼻の奥がツンとして、涙がじんわり目に溜まった。
好きとか、嫌いとか、
そこまでの気持ちじゃなくても、
ただ、一緒にいた時間が楽しかったから。
空に映える金髪の髪が忘れられないから。
あの試合の時の悔しそうな顔を忘れられないから。
だから、
本当はアタシは・・・
胸が苦しくて、逃げるように家に向かった。