022***まなみ

6月。

 

この時期は、もうみんな忙しくて、ほとんど家にいない。

 

4月末から、テニスの地区予選が始まって、

5月に地区大会、6月に都大会(さおちゃんは県大会)、そして、来月関東大会があるだとかで、みんな忙しい。

 

今は都大会の真っ最中で、3バカもさおちゃんもいない。

だから、アタシは1人で暇である。

 

 

(あーあ、どこいこっかなー)

(あ、そういえば自由帳ないから買いに行かないと)

(ついでにシャープの芯も買って・・・)

(文房具屋いこーっと)

 

 

そんなこんなを考えながら、アタシは家を出た。

 

 

 


 

 

 

「おう、まなみちゃん!」

 

 

ノートを買ってフラフラ歩いてたら、山本のおっちゃんに声をかけられた。

ほんと、この辺の商店街のみんなには、小さい頃からお世話になっていてね…。

こうして声かけてくれるから、変態さんなんていない平和な町だよ…。

おじちゃんおばちゃんたちのおかげで、みんな無事に育ったようなものだよ!

 

 

「おっちゃん、今日も美味しそうなコロッケだね」

「おう、1つ持ってきな」

「おっちゃんいつもコロッケくれるけど、商売ならんしょ」

「ハハハ、コロッケくらいならいいさ」

「おっちゃんホント太っ腹だな」

「おうよ、腹のでかさだけは誰にも負けないからな!」

「自分で言うのか~」

「ところでよ、まなみちゃん」

「ん?」

「最近あの金髪の子に会ってるかい?」

 

 

 

金髪の子

 

 

 

おっちゃんの一言で、コロッケをもらおうとした手が止まる。

 

 

 

(金髪の子って・・・)

 

(もしかして・・・)

 

 

 

アタシはその答えが頭の中に浮かんだのに、なかったことのように打ち消した。

 

 

 

「やだなぁ、おっちゃん。金髪って言ったらジロのこと?ジロなら毎日会ってるじゃん!」

「え、いや、あの関西弁の子だよ!ここ数ヶ月来てなくてどうしたのかなぁって思ってな」

「数ヶ月?」

「ああ、春くらいからかなぁ」

「・・・それまでは来てたの?」

「ああ、来てたよ。そして、いっつもソワソワしてんだよなー」

「・・・」

「で、まなみちゃんのこと待ってるかい?って聞いたら、何時くらいにここ通りますか?って聞かれてさぁ」

「・・・え」

「しばらく待ってたけど、まなみちゃん来なくていつもしょげて帰るんだよ」

「・・・」

「ケンカしたのかいって聞いたけど、そんなじゃないって言われてな」

「・・・」

「正月も来てたし、春休みも来てたかなぁ」

「・・・」

「ああ、でもあの子も3年生なんだっけか?中3と言えば受験もあるしなぁ。そろそろ本格的に勉強だし忙しいだろうな!」

「・・・」

「ま、何があったか知らないけど、あんまりケンカ長引かせたらダメだぞまなみちゃん!ハハハ!」

「・・・おっちゃん!コロッケご馳走様!!」

「え、あ、まなみちゃん!?」

 

 

 

アタシは、もらったコロッケを持って急いでその場から走り去った。

 

 

 

(・・・どういうこと?)

(あれから、)

(あの夏のあとも、ここに来てたの?)

 

 

あんなにひどいこと言ったのに・・・?

 

 

(・・・アタシのこと嫌になったんじゃないの?)

(・・・なんで、まだ、おっちゃんのコロッケ食べに来てるの?)

 

 

 

ただ単に、おっちゃんのコロッケが美味しいからなのかもしれない。

 

忍足に用事があったついでに寄っただけなのかもしれない。

 

たまたま来ただけかもしれない。

 

 

 

でも、

 

それでも、

 

 

 

(何で、ここに来てたのとか、)

(アタシのこと待ってたのかなとか、)

(なんで連絡くれないのとか、)

 

 

(会いたかったとか・・・)

 

 

 

いろんな感情がごちゃまぜになって、無性に泣きたくなった。

 

 

 

嬉しさもあるけど、

 

悲しさのほうが大きくて。

 

 

 

(だって、来なくなったって言った)

 

(もう数ヶ月来てないって、)

 

 

 

きっと、ここにもう彼は二度と来ないだろうと思ったし、

 

きっと、二度と会う事もないのかもしれないと思ったら、

 

鼻の奥がツンとして、涙がじんわり目に溜まった。

 

 

 

 

好きとか、嫌いとか、

 

そこまでの気持ちじゃなくても、

 

 

 

ただ、一緒にいた時間が楽しかったから。

 

空に映える金髪の髪が忘れられないから。

 

あの試合の時の悔しそうな顔を忘れられないから。

 

 

 

 

だから、

 

本当はアタシは・・・

 

 

 

 

胸が苦しくて、逃げるように家に向かった。

 

 

 

 

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