朝目覚めると、お父さんとお母さんという人が 傍に居た。
そして突然、私がこの国の姫で 記憶をなくしていると説明された。
名前とか今の私のことを一通り聞いたあと、黒髪の男の人を呼んで
「彼とあなたの結婚を進めたいと思う」
と、言われた。
何のことだかわからない私は はぁ と言うしかなくて
宜しくお願いします、と耳を赤くして挨拶してくれたその人を 急に婚約者と呼ばねばならなくなった。
外は雨が 降っていた。
(・・・婚約者って、どーいうことだろう)
(私、なんで何にも記憶がないんだろう)
(何もわからない・・・)
(わからないのに突然第一皇女で婚約者でって言われても・・・)
お父さんとお母さんはもう部屋を出て行った。
部屋の中には、護衛だという 先ほどの婚約者というサワムラくんがいた。
「・・・姫様、お茶でもお入れしましょうか?」
「いえ・・・大丈夫です・・・」
ありがとうございます、と言うと、 気にしないでください、と彼は言った。
「・・・あの、私・・・何も記憶がないし何もわからないのですが、」
そう言うと、彼は顔をあげて私をじっと見つめた。
「・・・私と結婚するって・・・本当ですか?」
そう聞くと、少し戸惑ったあと、彼は私の傍に来て跪いた。
そして、私を真っすぐに見上げてこう言ったのだ。
「・・・貴女が覚えていなくても、俺は覚えています。俺はずっと 優しい姫様が好きでした。だから、記憶がなくても 毎日俺のことをわからなくても 俺はずっと貴女を愛し、守ります。どうか・・・嫌でなければ・・・このサワムラと生涯を共にしてください」
なにもわからない私に 素敵なことを言うこの人は、本当に真っすぐで真面目でいい人なのだと すぐに伝わって来た。
(でも)
(なぜ?)
(何か胸が・・・)
(チクチクする・・・)
「あの・・・わ、私、何も、わからなくて、えっと」
そう言って布団をかぶった私を見て その人は、大丈夫です 今はゆっくりお休みください、と優しく言った。
雨の音が 響いていた。
(・・・静かだな)
(雨の音しか、聞こえない)
ふと、枕元に 可愛いノートがあることに気が付いた。
なんだろう、と思ってめくってみると、最初に
★きみの名前はサオリだ!特技:忘れる 毎日記憶をなくすぞ!
と、女の子のイラストの横に書いてあった。
(・・・え?これ、私?私の名前、確かサオリだけど・・・え、記憶ないのって特技だったの!?)
とても興味深いそのノートをペラペラとめくる。
★私の名前はマナミ!まぁちゃんと呼んでくれ!きみの双子の妹だけど思い出そうとすると頭痛くなると思うから親友でOK!
そして同じ顔の女の子が書かれている。
(双子で親友・・・?)
(どういうことだろう)
★サワムラ 超真面目 冗談通じない でもたまにお菓子くれる いいやつ
★タナカ エロボウズ いいやつ
★ノヤ エロチビ いいやつ
★ブン太 パティシエ めっちゃイイヤツ イケメン
★ジャッカル コック 黒い
★ユキムラ 執事 庭仕事が好き 綺麗な花と美味しいお茶をよくくれる コワイ
そして名前の横には面白いイラストが・・・
(ふふ・・・)
(これ、ってあのサワムラくん?)
(似てるかもw)
(いいやつか・・・)
ノートを見て、なんだかホッとする。
きっとこれはこの まぁちゃん って人が、一生懸命書いてくれたんだろうな、そう思ってほほえましくなる。
双子の妹で親友・・・
覚えてないけど、会ってみたいな
そう思った。
その時だった。
「ちょっと!!サワムラ!!あんた、サオちゃんと婚約したんだって!?」
バタンッ と扉を開けて 女の子がすごい剣幕で入って来た。
サワムラ「あ、ハイ」
マナミ「ハイじゃねーわ!!なんで言わないのさ!!」
サワムラ「いや俺の口から言うことではないと思って・・・」
マナミ「アホか!サオちゃん毎日記憶なくなるんだよ!?起きたら毎日 誰? って聞かれんだよ!?あんたのことも誰かわかんないんだよ!?それでもサオちゃんのこと幸せにできるっての!?」
サワムラ「・・・幸せ、だと 姫様が感じてくださるかはわかりませんが・・・俺は生涯かけて姫様を愛し、必ずお守りするつもりです」
マナミ「・・・なにそれ!かっこつけんなバカ!もう!サオちゃんと女子会すっから部屋出てってよ!絶対盗み聞きすんじゃないぞ!!」
サワムラ「わかってますよ。それではごゆっくり」
サワムラくんは言われるまま素直に部屋を出て行った。
女の子は お前の!そーいう!大人な!態度!すげー!むかつく!と怒り狂っていた。
(この子が、まぁちゃんかな?)
(私の双子の妹で・・・親友?)
(ノート書いてくれた子だよね・・・?)
「・・・まぁちゃん?」
そう、私が呼ぶと、彼女は ハッと我に返ったように、こっちを向いた。
「サオちゃん!オッス!そうだよ、アタシがまぁちゃん!!ノート読んだ!?」
(やっぱり、まぁちゃんだ)
それまで不安や恐怖や緊張でおびえていたけれど
まぁちゃんの顔を見ると、なんだか心が とても安らかになった。
「今読んでたところ・・・まぁちゃん、来てくれて安心したよ、ノートも面白いね、ありがとう」
「ううん!いいんだ!それより、婚約の話聞いた?」
「うん、今朝、お父さんとお母さんって人が来て、彼を紹介されたよ」
「ひどくない!?記憶ない娘に・・・わけわかんないからってさ!返事したの!?」
「・・・よくわかんないから はぁ とかマヌケなこと言っちゃったよ」
「そりゃわけわからんわ!!!」
まぁちゃんはまるで自分のことのように
父さんも母さんも結婚すりゃ幸せになれると思ってるけど!オイカワのこともそうだけどさ!勝手に話決めんなって感じだわ!結婚して自分たちは幸せかもしれんけどみんながそういうわけじゃないからね!!
と、ブツブツ怒っていた。
「・・・まぁちゃん、怒ってるね」
そう言うと 怒ってるよ!きみがわけわかんなくて怒れない分、アタシが代わりに怒る! と
なんとも心強いことを言ってくれた。
この子のこと、好きだな そう 本能的に感じた。
「・・・でも、お父さんもお母さんも、悪い人たちには見えなかったよ」
「そうなのさ!めっちゃいい人たちなんだわ!でも・・・最近なにか思い詰めてるみたいだし・・・きっと何か考えてのことだと思うんだけどね・・・まぁ記憶消える娘を一人にしておくのも不安ってのもわかるけど・・・親として、結婚させてやりたいとか自分たちがいなくなっても誰か傍に、とか色々考えてんだろうけどさ!!それにしても勝手に結婚相手決めるってのはよくないわ!!アタシが一生きみの傍に居ようと思ってたからさ!!」
そう、まぁちゃんが力強く言うものだから、面白くなって 笑ってしまった。
「・・・ありがとう」
「笑うなよ~・・・もう、サワムラにアタシの大事な役目取られそうで腹立つわ!」
「ヤキモチだね」
「めっちゃヤキモチだよ!きみ、アタシの仲良しだからね!!」
「そうかぁ」
「そうだよ!」
「まぁちゃんは面白いね」
「だろ?・・・サワムラも父さんたちも言ってたよ。起きたらさ、すごい怯えてるんだってきみ。ここはどこ?家に帰りたいって泣くんだってね。毎朝。でもアタシの前ではそんなとこ見せたことなかったし、初日から仲良く話してくれたよ。ノートにも書いたけどさ、アタシも人生のほとんどの記憶ないんだ。きみのことも覚えてないけど、きみといるのはすごく楽しいの。きみもきっとそういうの、わかってるんだと思うよ!」
だからうちら一緒にいた方がいいわ!!
と、自信満々にまぁちゃんは言った。
かなり喜怒哀楽が激しいな、まぁちゃんは。
見てるだけで面白いよ。
「・・・うん、そうだね、色々不安だったけど、きみと一緒にいれるなら頑張れる気がするよ」
そう言いながら、ノートの続きをぺらっとめくった。
(・・・あれ?)
(これ、)
「・・・まぁちゃん」
「ん?」
「これ、どういうこと?」
私はノートの一部分を指さして尋ねた。
「あぁ。昨日ね。罪人が捕らえられてきたんだよ。指名手配されてたんだって」
「・・・それで、なんで私が泣くの?」
「え、わかんないけど、その人を見てきみ泣いてたんだよ。罪人が可哀想だったのかな?慈悲深いねきみは・・・」
ドクン
胸が動き出した。
なんだろう、この胸に広がるモヤモヤは。
「・・・ねぇ、その人、なんで 捕まったの?」
「あ、それ昨日も聞かれたなぁ。気になるならちょっとノートに詳しく書いとくわ」
アタシもよくわかってないんだけどさ、と まぁちゃんは私からノートを受け取ってスラスラと詳細を書いてくれた。
そしてそれを見た私は
「・・・・・え、さおちゃん なんで泣いてるの?」
涙が 止まらなかったんだ。
・今日罪人が捕まった
・城に連れてこられたときその罪人を見てサオちゃんが泣いてた
★追加!★(サオちゃん気になるみたいだから書いとくよ)
・昨日の罪人は誘拐罪、禁術罪、他10個の罪に問われているらしいけど詳しいことはようわからん
・森をさまよってたところを第三騎士団が捕まえたらしい
・名前は確か 賢者シライシ
「・・・・・私、泣いてる?」
自分の頬を触ると 目から溢れる涙が 指をつたった。
「・・・きみ、もしかしてさ、この 賢者シライシ、知ってるんじゃない?」
「・・・え、わからない・・・」
「昨日も、泣いてたよ」
「う、うん・・・なんでだろ・・・」
「覚えてるからじゃない?」
「え・・・?」
「体が、覚えてるからじゃない?」
「・・・そんな、」
「きみとね、その話をしたの。2回目に会った時かな?きみ、わからないけど、アタシが来るのワクワクしてたって。その日はまだメモもなかったんだよ?なのに、待っててくれたの。それって体が覚えてるんだねって話してたんだよ」
あ、ほら、ここにも書いてるでしょ?
まぁちゃんがペラペラとノートをめくって言った。
「・・・涙が出るってことは、きっと、体が何か言おうとしてるんだと思うよ」
「・・・うん、そう、なのかな、さっきから胸が・・・モヤモヤして、ズキズキ 痛むの」
「そっか・・・そしたら・・・会いに行ってみる?」
「え?」
「会いに、行こうか」
会えば解決するでしょ?
そう、まぁちゃんは立ち上がった。
ただ、 罪人の賢者が もしサオちゃんを知ってるなら
サオちゃんの記憶を思い出すカギになるんじゃないかって それだけの気持ちだったんだけど。
立ち上がったアタシに、さおちゃんは そんなことできるの? と、戸惑った様子だった。
「んー・・・人には、やったことないけど、多分いけると思うよ」
「え?え?」
「まずは人払いしないとね」
そう、アタシは扉の方に向かった。
ガチャ
重い扉を開くと、サワムラとスガとアサヒがいた。
「ねぇ、サワムラ」
「はい?もう女子会は終わったんですか?」
「いや、あのさ」
「そろそろ部屋に入りたいのですが、色々心配なもので・・・」
「いや、ウンコすっからこれから」
「え」
「めっちゃ下痢だから」
「えぇ!?」
「部屋のトイレ借りるから!中入らんで」
「え!!でも、その間、サオリ様がおひとりになってしまうのでは・・・」
「サオちゃん風呂入るから」
「え」
「部屋来たらマジど変態だからね」
「えぇぇ!?」
「だから絶対部屋入らんでな」
「・・・」
めっちゃ焦ってるスガとアサヒをよそに 冷静にサワムラは言った。
「・・・わかりました。では15分だけ、お待ちします。その間に全部済ませてくださいね」
「でもめっちゃ下痢なんだけど!!!」
「15分あれば充分ですよね(ニコ)」
「15分じゃ出ないかもしれない」
「では、声をおかけしますから、まだならまだとおっしゃってください」
(・・・っち)
こいつ、ほんと冷静でイヤ・・・(^ω^)
(じゃないと第一騎士団の隊長なんて務まんないとおもうけどさぁぁ)
(あーむかつく)
「・・・わかった、じゃあ15分は絶対に部屋にも入らず声もかけないで・・・集中しないと下痢でないから!!!!」
そうバタンッと扉を閉めた。
(やばい)
(思ったより時間稼ぎ出来なそう)
「さおちゃん、急ごうか」
「え、」
「あんまり話す時間ないかもしれないけど、」
そうアタシはさおちゃんの手を握った。
「ま、まぁちゃん、どうするの?大丈夫なの?」
「うん。アタシね、実は姿消せるんだけどさ・・・勝手に持ち出してきた物とかも全部一緒に消えるから、多分、人間にも使えるはず・・・」
「え!?何言ってるの!?」
「問題は、場所だな」
「場所・・・」
「大罪人って言ってたからね・・・普通の牢にいないと思うんだ。地下の奥の方は暗いし怖いからアタシもあんま詳しくなくって・・・時間もないし・・・」
そう言ったまぁちゃんの周りを
ピカピカ
と何かが 飛んでいるのが見えた。
(・・・え?)
「まぁちゃん、あれ、光ってるよ?なんだろ?」
「ん?どれ?」
「あれ・・・」
「え?あぁ、精霊?珍しいな、精霊がこんなところにいるなんて」
「あの子・・なんだかずっと一緒にいた気がする・・・」
「そうなの?なんだろうね、でも今は精霊にかまってる場合じゃないよ」
そう、まぁちゃんは言ったけど
(・・・朝も、見かけたような・・・)
(何か、伝えようとしてる気がする)
(何か・・・)
「・・・どうしたの?」
私は精霊に話しかけた。
隣ではまぁちゃんが 時間がないから地下のどこを探せば、と焦っている様子だった。
「私たちの会話、聞いてたの?」
「うん、その人に、会いに行こうと思ってる」
「え?場所、わかるの?」
そう精霊と話す私を見て まぁちゃんはものすごく驚いた顔をした。
「え、きみ・・・精霊と話せるの?」
「ん・・・なんだか声が聞こえて・・・この子、賢者さんと一緒に森からきたみたいなの」
案内してくれるって、という私に、まぁちゃんは わかった。話はあとでね。時間がない、精霊を信じて急ごう と強く頷いた。
そしてまぁちゃんが すぅ と深呼吸すると、まぁちゃんの指の先が透明になって消えた。
(!?)
「え、ちょ・・・!え・・・・!!!?!?」
「静かに!見つかっちゃうよ!人を透明化させるの初めてなの、絶対アタシの手離さないで!」
集中するから!とだんだん透明になっていくまぁちゃんは言った。
(・・・すごい)
(まぁちゃん、すごい)
つないだ手から、どんどん私も透明になった。
「よし、大丈夫そうだね。急ごう、時間ない。精霊に案内するように言って!」
「うん、わかった。精霊さん、案内お願い」
透明になっても精霊さんには見えてるようで、精霊さんはコクンと頷いて扉の隙間から廊下に飛び出していった。
「どうしよう、ドア出て行っちゃったよ」
「大丈夫、ドアも壁もくぐりぬけられる・・・でもこれ思ったより体力使うな・・・さおちゃん、急ご」
「うん」
精霊さんの後を追いながら、私たちは扉から出て サワムラくんたち騎士の横を通って階段を下りた。
「こっちか」
私たちが姿を消したからか、精霊も姿を消したようで私にはその姿は見えなかった。
だけどさおちゃんが精霊と話して後をつけていくから間違いないと思った。
アタシにもこうして不思議な力があるんだから、双子のサオちゃんが精霊と話せることだってなんの不思議もないと思った。
(あー雨がな)
(これどんな言い訳しても濡れてるからもう無理だな)
(・・・でも、やるしかない)
そしてアタシたちは 地下牢の奥深くに、見たことのない古い木の扉を見つけ その先を進んだ。
(ゾク)
薄暗くてジメジメしたその部屋に すごく嫌悪感を覚える。
火がところどころに置いてあって 足元が見えるのが救いかな、と少し思った。
サオちゃんの手が 異常に震えていた。
怖いのかもしれないと ぎゅっと強く握りしめた。
「サオちゃん、大丈夫?こわい?」
「こ、こわい、なんだかわからないけど、こわい、すごく、こわい、くらくてさむくてジメジメして、ひとりぼっち・・・」
「大丈夫だよ、アタシがいるから」
そう言うと、サオちゃんは ひとりじゃない・・・ と少しだけ震えがおさまったように感じた。
精霊に言われるままアタシたちはその奥へと足を踏み入れると
見たこともないモンスターのようなものが 折に閉じ込められていた。
そのうなり声や叫び声を聞くと 気持ち悪くて吐きそうになった。
(こんな場所があったなんて・・・)
みんないい人だったから全然知らなかった。
のほほんと暮らしていた自分が急に恥ずかしく思えた。
ふと、兵士の声が聞こえた。
ちょうど交代の時間だったのだろうか。私たちは思わず足を止めた。
「・・・聞いたか?昨日来た賢者」
「あぁ、第一皇女をさらった極悪人らしいな」
「しかも呪いをかけて記憶を消して・・・とんでもねぇヤツらしいな」
「そうは見えないのにな・・・賢者は賢すぎて何を考えてるかわからんな」
ゾッとした。
(そいつが、サオちゃんを・・・誘拐したの?)
(え、そんなやつとサオちゃんを会わせていいの・・・?)
(でも、少しでも・・・何かカギを見つけないと・・・)
サオちゃんの手がまた震えだしたのを 大丈夫だよ、と握りしめたその時
「・・・あいつ、近々処刑されるらしいぜ」
その兵士の一言で 私の手に冷たい水がこぼれたのがわかった。
サオちゃんの 涙だ。
サオちゃんは 小さく声を殺しながら 泣いていた。
(・・・処刑?)
(ウソでしょ?)
(うちの国は処刑制度なんてないはず・・・)
(いくらなんでも・・・)
(・・・ううん、やめよう)
(今は考えるより 早くサオちゃんを・・・)
アタシは考えることをやめて、サオちゃんに尋ねた。
「ねぇ、賢者シライシどこにいるか聞いて」
「ん・・・あの、角を曲がっ、た、とこだっ て」
「そうか・・・あの兵士たち邪魔だな」
そうアタシが呟くと、今まで姿を消していた精霊がチカチカと光り、うめき声や叫び声をあげているモンスターの檻に飛んで行った。
(・・・あの子も、協力してくれてるんだ)
精霊のチカチカと光る様子に興奮したのか、モンスター達が一斉に大声で騒ぎだした。
「な、なんだ!?」
兵士たちがモンスターの檻に駆けて行ったその隙に、アタシ達は走って角を曲がった。
そして 賢者を、見つけたのだ。
アタシは スッと力を解除した。
姿を現したサオちゃんは ボロボロと涙を零していた。
「・・・サオリ?」
その人が小さく呟いたのが聞こえた。
「サオリ・・・?」
その人に名前を呼ばれた時、懐かしい そう思った。
初めて会ったはずなのになぜだかとても温かくて、とても罪人には見えないその人に 私は駆け寄った。
「サオリ、よかった・・・無事やったんやな」
「しっ、静かに・・・気づかれるよ。アタシこっちで見張ってるから話があるなら急いで、悪いけど1分くらいしか時間ないけど」
そうまぁちゃんは、また姿を消して兵士たちの様子を見に行ってくれたようだった。
「・・・サオリ、もう会えへんかと思うたわ・・・良かった、元気そうで・・・」
彼がそう言ってくれるけど
私は言葉が見つからない。
わからないのだ。
彼のこと。
こんなに涙が出るのに
こんなに胸が痛むのに
こんなに
この檻が なくなってしまえばと
そう、思うのに。
私はそっと、彼に手を伸ばした。
彼は優しく笑った後、その手にそっと触れてくれた。
「・・・サオリ、泣かんでや?笑って」
「わ、私・・・わからないの・・・アナタが誰か、わからないのが、悔しくて、悲しいの・・・」
会いたいと、思ったのに・・・
そう涙を流せば、彼は優しく笑って
あぁ今日はまだ言うてなかったな、と言った。
「俺はクラノスケや」
彼のその一言が
笑顔が
ますます涙を溢れさせる。
わからない
わからないのが、悔しい
わからないのが、悲しい
わからないのが、淋しい
この人は、誰なの?
「あ、あなたは、誰なの?私の・・・」
「きみの、なんやと思う?」
少し意地悪く言うその一言に
涙を流しながら私は答えた。
「わからないの・・・アナタが誰か、私のなんなのか・・・でも・・・わからないけど、アナタは とても、とっても、私にとって 大切な人だと 思ったの」
そう伝えると 彼はすごく泣きそうな顔で
笑ったんだ。
「ハハハ・・・大切な、人・・・おかしいなぁ姫様・・・俺は大罪を犯した人間やで?」
「でも、そんな風には、見えないもの・・・」
「・・・ホンマやで・・・きみの記憶を奪って、きみを何年間も独り占めして、そしてこうして きみを泣かせた」
彼の暖かい指が 私の頬を流れる涙をぬぐった。
「・・・ずっと、守らなあかんって思うてた。けど、きみは今ちゃんと双子のお姫様と一緒におった。ここにはきみのお父さんもお母さんもおる。それに・・・呪いや魔法を解く方法もわかるかもしれんて、見張りの兵士が言ってたん聞いたんや」
結局俺、なーんも出来へんかったな
そう 彼は寂しそうに優しい笑顔を絶やさず笑って
「・・・きみはもう大丈夫や。きっと誰かがきみにかけられた呪いを解いてくれるはずや。俺はもう・・・罪を償わなあかん時が来たんかもしれんなぁ・・・」
「いや・・・罪なんて・・・」
「言うたやろ?きみの記憶を消したんは俺や。時を進めなくしたんも俺。毎朝なんも覚えてへんやろ?あれ、俺がやったんや。な、悪い賢者さんやろ、処刑されて当然や」
せやからきみは安心して幸せになりや
そう彼は最後に優しく私の頭を撫でた。
(・・・いや)
(・・・いやだ)
(だって、本当に悪い人なら、どうして私の胸はこんなに暖かくなるの?)
(どうして涙が止まらないの?)
(どうして彼が処刑されることをこんなに悲しく思うの?)
(どうして)
( どうして 彼を 愛しいと思うの? )
「いや・・・いやだよ、処刑なんて!アナタは悪い人じゃない・・・お願い、嘘だと言って・・・お願い・・・」
傍に、いたいの・・・
消えそうな声で呟くと サオリ、そう彼の指が私の手を強く握った。
温かい
離れたくない
そう思った時だった。
「もうダメ!サオちゃん、兵士がこっちくる!もう行くよ!」
「ま、待って!もう少し、」
「ダメ、時間ないの、急いで・・・っ」
「サオリ!」
まぁちゃんに無理やり腕を掴まれ、彼女の力で体が半分 消えかけた時だった。
「サオリ、最期に・・・顔見れて、嬉しかったわ・・・っ」
彼が
「あかんなぁ、俺・・・最後までカッコつけたかってんけど、」
涙を 流したのだ。
何を騒いでるんだ!
兵士の声と駆けてくる足音が聞こえる。
「サオちゃん、早くっ」
まぁちゃんに引っ張られた。
どうしよう
どうしよう
どうしよう
「・・・っ、クラノスケ、くん!!!」
彼は、涙を流しながら
「サオリ・・・愛してる、」
そう 呟いた。
私はそのまままぁちゃんに引きづられるように階段を駆け上り地上へと出た。
まぁちゃんは、もう限界 と、透明になる力を解除し疲れきっていた。
雨に打たれて 冷たい体。
これが雨なのか 涙なのか、もう何もわからない。
何もわからないほど つらくて かなしくって
(・・・私、彼を 救いたい)
(彼と、会いたい・・・もっと話したい、一緒に、いたい・・・)
(彼のことが 好きなの)
でも私、私には、何も出来ない
この気持ちさえも 明日になったら忘れてしまう
涙が 止まらなかった。