彼女の14歳の誕生日、もう1人のお姫様が消えた。
大きな妖魔のようなものが飛んでいるところを目撃されていたから、もしかしたら攫われたのかもしれない。
城の騎士団も魔術師も、みんなで必死に探したけど、もう1人のお姫様は全く見つからなかった。
悲しんだのは、彼女のご両親だけじゃなかった。
もちろん、国民全員・・・俺たちだって胸を痛めていたけど
誰よりも一番悲しみにくれたのは 彼女の妹のお姫様だった。
「やだぁ・・・やだやだやだやだ・・・!!サオちゃん、サオちゃん、サオちゃん・・・」
いなくなったその日から狂ったように姉の名前を呼び泣き叫んだ。
「姫様、お食事です、せめて水分だけでもお取りください」
心配する侍女が食事を運んできても決して口にせず水すら飲まない状態だった。
それは、3日、5日、1週間と日が経っても変わらなかった。
「ああああああああぁぁぁ」
何も食べない、夜も寝ない、ひたすら泣き叫び、暴れ、奇声を発するようになった。
完全に狂ってしまったように見えた。
2週間後
彼女の友人と言う者たちが街から呼ばれた。
すでに彼女はかなり痩せていた。誰が見てもゲッソリとして見えた。
コハル「ああ・・・マナミちゃん・・・」
ケンヤ「マナミ・・・」
ユウジ「お前・・・!何してんねん!!お前が落ち込んでる場合とちゃうやろ!!今はサオリを探す方が先なんやで!?お前がこんな状態なんてサオリかて心配するやろ!!お前は元気にサオリの無事祈って帰り待っとれや!!」
ケンヤ「ユウジ!今それ言うても、」
マナミ「・・・サオちゃん・・・サオちゃん・・・ああ・・・サオちゃん・・・あああ・・・」
ザイゼン「・・・あかん・・・聞こえてへん」
チトセ「マナミ、大丈夫たい、きっとサオリは帰ってくるばい、ご飯食べて一緒に帰り待たんね?」
マナミ「サオちゃん、サオちゃん・・・サオちゃん・・・」
ケンヤ「マナミ!マナミ、わかった、とりあえず、水飲みや、な?大丈夫やから、大丈夫やから、」
ユウジ「ええ加減にせぇや!!お前がそんなんで・・・っ」
ケンヤ「やめや!ユウジ!!あかん!!怒ったら、あかん、頼むから・・・怒らんでやって・・・」
コハル「マナミちゃん、今日はうちら帰るな?水くらいは、飲むんやで?」
ザイゼン「・・・アンタ、アホやないと調子狂うわ・・・」
チトセ「マナミの両親も心配しとるばい、はよ元気出すけんね」
ユウジ「・・・ヒカルかて寝ぇへんでコンピュータいじって情報集めとるし、キンタローもすぐに飛び出してった。俺らかて、めっちゃ探しとる。せやからお前だけ何もせんと泣いて過ごすのはやめや」
ケンヤ「・・・また明日来るわ、な、大丈夫やからな」
彼女の友人の1人、医者の息子って言ったかな。アイツはそれから毎日会いに来た。たまに坊主のオカマちゃんも来てたけど、基本的には1人で来てた。他のやつらは来てなかったけど、それぞれがどうにかしようと必死なんだろうとは思ってた。
3週間、4週間が経った。
彼女はもう泣き叫ぶ元気はなかった。
暴れる気力もなかった。
ただ虚ろに、ベッドの上で天井を見つめていた。
頬は益々痩けて、体は細くて薄くなっていた。
何度か点滴をしたけどすぐに取っちゃうから、1日に数回注射をされていた。
彼女は、薬と治癒魔法で命を繋ぎとめていた。
だけど、本人が生きる気力が全くないから治癒魔法も気休め程度にしかならなかった。
(彼女、死ぬのかな)
2ヶ月が経った。
誰しもがそう思っていただろう。
俺も、そう思った。
ところが状況は一変したのだ。
3ヶ月経った時だった。
彼女はもう、息をすることさえ辛そうだった。1ミリも体を動かせずに、手足は骨と皮のようになっていた。魔法でなんとか繋ぎとめられてる小さな命も、消えるのは時間の問題だった。
毎日会いに来てた医者の息子が、王様とお妃様に謁見を申し出ていた。
それが叶い、あいつが王様達に何か話をした後、今度は入れ替わりで俺が部屋に呼ばれた。
「魔術師の中で最も魔力と才能に溢れたきみに問います。人の記憶を消すことはできますか?」
そう、王様に聞かれた。
すごく驚いた。そんなことは国で禁止されていたし、魔術師がまず教わる“最もしてはいけないこと”だったから、考えもしなかったからだ。
(・・・なるほどね)
(記憶を消して彼女を救うってわけか)
(第一皇女がいない今、唯一の跡取りは彼女だけだもんね)
(・・・唯一の王位継承者、か)
これは“チャンス”だと思った。
俺に巡ってきたチャンス。
千載一遇の大チャンス。
俺が欲しかったものが手に入る!
そう、ずっと密かに思い描いていた野心がメラメラと燃え上がった。
「限られた記憶、例えば一定の時間だったり特定の人物だけだったり、そんな風に記憶を消すとなると複雑過ぎて長い準備期間がないとできません・・・けど、今までの人生の記憶を全て消すことはすぐに出来ますよ」
「そうですか・・・!それでも・・・あの子が生きてくれるのなら・・・お願いします、あの子にその魔法をかけてください!」
「もちろん、ご命令とあらばなんなりと。・・・その代わり、条件があります」
「なんですか?」
「お姫様を僕にください」
「え?それは・・・どういう・・・」
「・・・記憶を消す魔術と言うのはとても強いので反動で頭が割れるように痛くなります。例えば、お姫様が過去のことを思い出そうとしただけで頭痛で倒れてしまうでしょう」
「そんな・・・」
「万が一、過去のことを思い出してしまうと・・・あまりの痛みに耐えきれず、間違いなくショック死します」
「なんですって!?」
「それだけ、人の記憶を消す魔法というのはリスクが高いのです。記憶を消す、つまりは彼女の脳をコントロールし、心を縛るわけですから・・・でも、僕が近くにいたなら、お姫様が過去を思い出そうとしても思い出さないように誘導することができます」
どうかこの僕をお姫様の結婚相手として傍に置き、一生お姫様を守らせてください、お願いします。
頭を下げた俺に、王様は、少し戸惑ったあと
娘が生きていてくれるのなら・・・あの子をどうか救ってください、そして生涯近くで支えてあげてください
と、王様は言ったのだ。
(やった・・・!!)
(やったぞ・・・!!)
(これで俺も・・・)
話が終わって謁見の間を出た。
医者の息子がいた。
「なんだよ、今の話聞いてたの?」
「・・・マナミを、救えるんやな」
「・・・話聞こえたんだろ?気安く名前で呼ぶなよ、あの子は俺のモノになったんだから」
「マナミは・・・姫様は、モノやない」
「だけど、俺のだよ。俺が彼女を救う・・・お前が王様達に提案したんだろ?」
「そうや・・・もしかしたら、それが出来れば救えると思って・・・法律に触れることやから迷ったけど、王様が受け入れてくれてよかった・・・」
「・・・誰にも言うなよ、今の話」
「言わへんよ!誰にも・・・言わへんし、もう、姫様にも、会わへん・・・」
「だよね~そうするしかないもんね、なんせ彼女は俺の婚約者になったんだからさ~」
「・・・姫様を、頼むな」
「・・・つくづくムカつくやつだな、お前なんかに頼まれなくっても俺が彼女を守るっつーの!」
何も出来ないくせに邪魔なんだよ!!
そう言うと、やつはトボトボと帰っていった。
(なんだよアイツ!)
(腹立つなぁ!)
(・・・王様に頼んで過去の記憶思い出すといけないから姫様を街には行かせないようにお願いしとこっと)
街には、
万が一姫様に出会っても過去の話、もう1人の姫の話は一切禁じる
と言うお触れが出された。
もちろん街だけではなく城内にもだ。
国中全体で、1人のお姫様を守ろうと言うのだ。
それから数日後、他の魔術師が全力で彼女に生命力を注ぎ込み、魔術に耐えれるようほんの少し回復した後、しっかり魔力を溜め 記憶を消す魔術の準備をした俺は彼女の記憶を消すことに成功した。
もちろんそれだけではない。俺のことを好きになるように、たっぷりと魔術に力を注ぎ込んだ。
そして、彼女が次に目覚めた時
俺は こう言ったんだ。
「初めまして、俺のプリンセス。今日からよろしくね」
ニッコリと笑えば、彼女も何だか笑ったように見えて、俺はそれが 嬉しかった。