第7話:サオリ

 

 

~~~~♪

 

 

窓の外からこの世のものとは思えない、美しい歌声が聞こえて目が覚めた。

 

(・・・ここはどこ?)

 

窓から差し込む穏やかな光が眩しくて、目を細めた。

見える景色全てが新しくて、何もわからない自分に恐怖を覚えた。

 

外には美しい緑の木々と、真っ青な空、それから先ほどから聞こえる美しい歌声。

 

わかる。

見えるものは、名前もそれが何かもわかる。

でも、自分自身のことは何もわからなかった。

 

私が今ここで何をしているのか、どうしてここにいるのか、自分の名前も、何者なのかさえもわからない。

 

(どうしよう・・・)

(こわい・・・)

 

そう不安になった時、窓の外の美しい歌声に耳を傾けた。

なんだか不安が少し和らぐように感じた。

 

なにもわからないなら、いっそ外に出てみよう

 

私は裸足のまま 声の聞こえる方へと歩みを進めた。

 

家を出ると大きな木々が立ち並ぶ。

でも隙間から覗く青空と、おひさまの光で暗い印象はうけなかった。

むしろ色とりどりの植物に、緑の綺麗な木々。

とても美しい光景だと感じた。

 

 

~~~♪

 

 

(こっちかな・・・?)

 

だんだんと大きくなる歌声を頼りに、私の背と同じくらいの草を分けて見つけた先には

 

 

(うわぁ・・・!)

(綺麗・・・)

 

 

キラキラと太陽の光を反射して光る滝と、澄んだ水辺。

その周りに生えているとてもカラフルに彩られた草花。

そして、小さくて綺麗な女の子が木の上で素敵な歌声を響かせていた。

 

 

(・・・素敵)

 

 

その光景にしばらく見惚れていると、 女の子と目が合い 彼女は歌うのをやめ、私ににこりと微笑みかけてくれた。

 

 

「あ・・・ご、ごめんなさい・・・!あまりにも綺麗で素敵な歌声だったから聞き入ってしまって・・・」

 

 

邪魔するつもりはなかったの、と彼女のほうに寄れば

太陽の光だと思っていた輝きが 彼女自身からの光だと気づく。

そして背中には 美しい羽根。

 

 

「・・・妖精さん?」

 

 

そう尋ねると、彼女はまたにこやかに笑った。

 

 

「素敵な歌を聞かせてくれてありがとう」

「そう、声が聞こえて 見に来たの」

「・・・もしかして、一人なの?」

「よかった!向こうに仲間がいるのね」

「私?私は・・・わからないの・・・何も覚えてなくて・・・」

「え?私にも仲間がいるの?いつも二人でいるところを見かける・・・?それって、」

 

 

ガサッ

 

 

大きな物音がして 驚いて振り向いた。

 

 

「サオリ!!」

 

 

一人の男性が、草木を分けてこちらに近づいてきた。

 

 

(誰・・・?)

(いや、)

(こわい)

 

 

咄嗟に身構えたものの、そんな抵抗は虚しく

 

私はアッサリ彼の腕の中に閉じ込められていた。

 

 

(・・・え?)

 

 

「心配したで!!家に戻ったらどこにもおらんから、ほんまに何かあったらどないしようかと・・・!無事でよかった・・・!!」

 

 

ギュウゥ と彼は力を入れて 私を強く抱きしめた。

 

 

「あ、あの、あなたは・・・誰?」

 

 

必死の思いでそう尋ねると、彼は あ、すまん! と体を離した。

 

 

「・・・俺はクラノスケや、驚かせてすまんかったな」

「サオリ・・・、って、それが私の名前・・・?」

「そう、きみはサオリや」

「あなた、私を知ってるの?」

「あぁ」

 

 

知っとるで

 

 

そう言った彼の顔はそれはそれは優しくて 最初に感じた恐怖心はもう薄れていた。

 

 

(・・・改めて見ると)

(なんてキレイな男の人なんだろう・・・)

 

 

私の事を知ってる、と彼は言った。

じゃあ、妖精さんが言ってた ”私の仲間”っていうのはこの人のことなんだろうか。

 

 

「こんなところで何しとったん?」

「あ、えっと、・・・今彼女とお話してて、」

 

妖精さんを見ると 相変わらず笑顔で優しく微笑んでいた。

 

「・・・精霊?精霊の言葉がわかるんか?」

「え?わからないの?」

「いや・・・俺は、わかる」

「歌声がすごく綺麗だったから・・・」

「それで家飛び出してきたんか!あ、しかも裸足やんか!枝で足ケガしてへんか!?大丈夫!?」

「だ、だいじょ・・・」

「少しすりむいてるやん!!あー・・・ほんまもう心配させへんでや・・・心臓止まるかと思ったで・・・」

「ご、ごめんなさい???」

「いや、精霊の歌声はしゃーないわ・・・聞こえるモンにとっては惹かれずにいられんし・・・」

「あのっ!あの、あの、わ、私は、誰なんでしょうか?」

「え?せやからきみはサオリやで」

「じゃなくて・・・!アナタが誰かもまだ、」

「いやさっきも言うたやんか?俺はクラノスケやで???」

「名前、じゃなくて!あの、私とあなたの関係とか・・・」

「・・・どんな関係やと思う?」

「え、どんな、って、えっと、」

 

 

家にいないから心配してくれた、って、この人は私の家を知っていて自由に出入り出来る関係ってことだよね・・・?

え、まさか一緒に暮らしてる?

え?そんなことありえる!?

でもこんなキレイな男の人と血が繋がってるとも思えないし・・・いやでもいなくなったことをこんなに心配してくれたしな・・・えっと、えっと・・・まさかとは思うけど・・・

 

 

「・・・お兄ちゃん?」

 

 

そう言うと彼は  あぁ~~~~!! と頭を抱えた。え、え、なにそれ、どんな反応なの!?

 

 

「お兄ちゃん・・・はなぁ~!家族やからなぁ!家族はちょっと・・・うーん、家族はないなぁ・・・いや、違う意味の家族はアリやけど・・・親兄弟はなぁ~!」

「え、あの、(お兄ちゃんではないのだろうか・・・)」

「出来ればお兄ちゃん以外で・・・」

 

 

そんな話をしてると、木に座っていた妖精さんがくすくす笑いながら立ち上がった。

 

 

「あれ?もう、行くの?」

「・・・そう。気をつけてね」

「またね」

 

 

そう手を振ると、妖精さんはそれはそれは美しい羽を広げ、空へと飛び立った。

 

 

(あれ・・・?)

 

 

「なんか今・・・」

「サオリ?どないした?」

 

 

頭がズキっと痛んで、頭を抑えた。

 

 

「大丈夫か?サオリ、具合悪いんか!?」

「あ・・・だ、大丈夫・・・ただ、」

「ん?」

「私・・・なんだかあの妖精さんのこと見たことある気がして・・・」

「え?」

「あの妖精さん・・・じゃないかもしれないけど・・・わからない・・・けど、あの、妖精さんが、とても綺麗で、それで空に飛んで行って、えっと、」

 

 

暗闇で光って、すごく 綺麗で、

 

 

そう言うと 彼は 言葉を失い固まった。

その顔がまるで泣きそうに見えたから、慌てて言葉を探した。

 

 

「あっ、なんにも覚えてないのに・・・おかしいですよね、すみません」

 

 

必死にそう言うと

 

 

「いや・・・おかしくなんかないで」

 

 

彼はまた、そっと  私を抱きしめた。

 

 

「わ!あ、あ、あ、あの、あの、」

「・・・すまん、もう少しこうさせて、」

 

 

(・・・)

 

 

彼の声が震えていたから 私はそれ以上何も言わなかった。

私が誰なのか、彼が誰なのか、彼との関係も、今までのことも、これから先のことも、なんにも私はわからないけど

 

なぜだかすごくホッとするその腕の中でそっと目をつぶった。

 

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