記憶がないことをそんなに問題とは思わなかった。
自分がこの国の姫で、次期女王であり、そして恋人がオイカワということ。
これだけ覚えていたから、充分だと思っていた。
思い出はなかったけど、街に行けばすぐに友達も出来たし、勉強も作法も与えられるまま全てこなしてきた。
だから無理して思い出そうともしなかったし、特に人に聞こうともしなかったんだ。
「海を見たい」
それは15の夏。
記憶がないながら必死に姫としての生活にを送って来たアタシは
疲れもたまって、久々に遊びに行きたいと街にいる友達にそんなことを告げた。
ユウジ「遠すぎるやろ!!」
ザイゼン「どうやって行くんすか、どうがんばっても片道3時間はかかるで」
チトセ「誰も魔法使えんけんね・・・」
ユウジ「お前の自慢の彼氏に連れてってもらえばええやろ!魔法で空飛べるんやし」
マナミ「なんでキレてんだよ!行こうよみんなで行きたいの!ね、15歳の思い出作ろうぜ☆」
ユウジ「こんな暑いのに3時間も歩いたら死ぬわ!絶対嫌や!」
コハル「ええやん、海♡アタイも海行きたいわん♪」
ユウジ「コハルがそう言うなら行こか!コハルの水着姿・・・(デレー)」
マナミ「おい!あたしのときと全然態度違うじゃんか!!」
ユウジ「当たり前やろが!!お前とコハルじゃ月とウンコの差やで!!!」
マナミ「はぁ!?ウンコ!?それがプリンセスに言う言葉かよ!!」
ケンヤ「けどあの辺今ゴブリンが出るて聞いたで?危ないんとちゃう?」
コハル「ケンタウロスも産後で気が立ってるって話よ?海まで行くならゴブリンもケンタウロスも避けて通れへんしね・・・」
マナミ「うーん、じゃあうちのペガサスの馬車乗ってこ!御者と仲いいからこっそりお願いしとくわ!!」
ユウジ「御者もえらい迷惑やな!お前は御者にも俺らにも迷惑かけて、もっと自分のワガママ自覚しろや」
マナミ「それでも付き合ってくれるお前らアタシのこと大好きだなwww」
ザイゼン「しばいてもええすか」
ユウジ「おういけザイゼン」
こうしてなんだかんだとギャーギャー騒ぎながら海へ出発することになったんだけど
も
「どうしてこうなった」
空飛んでいけばゴブリンもケンタウロスも回避できると思ったんだけどな
あちゃー
空にキメラの大群おって捕まったわ!!!
えらいこっちゃだわ!!
これ食われるフラグ立ったな。キメラのくちばしも爪めっちゃ鋭かったもんな・・・
みんなバラバラになったけど上手く逃げれたかな・・・
はぁ・・・お腹空いた・・・
ぐぅ
「いやこの状況で腹鳴るて」
そう言ってるのは一緒に捕らえられたケンヤだった。
なんかこいつキメラ現れた時必死にアタシのこと守ろうとしてたわウケるwww
いつも姫様姫様言ってるもんな・・・他のみんなみたいにマナミって呼んでくれないし!
お姫様がそんなに大事なのかな・・・ユウジなんてアタシにわきめもふらずに必死にコハルちゃん守ってたけど大丈夫だったかいな・・・心配だ・・・
ぐぅ
お腹空いた。
「はー・・・お腹空いて死にそう・・・キメラめ!アタシを食べて自分だけ満腹になろうとするなんて腹立つな!!」
「いやそれ笑えへん!どないすんねん、ほんまに!」
「んー・・・大丈夫じゃない?」
「大丈夫て!どこからそんな自信が・・・」
「なんとなく大丈夫な気がするよ」
ケンヤとなら。
って、思ってるけど言わなかった。なんとなく言っちゃいけない気がした。アタシも大人になったものだな。
昔の事、覚えてないんだ。本当に何にも。
だけど、なんとなくね、ケンヤがいいやつなの、知ってるんだ。
ずっとみんなと友達だったんだって。小さい頃から。それすら覚えてないんだわ。まぁ覚えてなくてもアタシにとっては大事な友達であることに変わりはないんだけど。
ケンヤといると安心感っつーか、大丈夫ってすごい前向きな気持ちになれるんだ。不思議だな。
なんだかケンヤはアタシと距離を置こうとしてるようだけど。でもいつも見守ってくれてるのも、アタシは知ってるんだ。
好きなのはオイカワだけど、さ、
何でも話せて信頼できる人って ケンヤだなって、正直思っちゃってる自分がいるの。ケンヤ誠実だしね。マジでいいやつ。
「・・・薬草あるけど食うか?」
「食わないわwww苦いもんwww」
もっといいものないのー?と聞くと、ケンヤは あ、クッキーあったわ!! とアタシに渡した。
「え、ケンヤ食べないの?」
「俺別に腹すいてへんしいらん」
ぐぅ
「・・・」
「・・・」
wwwwwwww
「ちょwwwめっちゃお腹なってんじゃんwww人の事言えないしwwww」
「い、今のはちゃう!!つられただけやし!」
「お腹の音つられるってどーゆーこっちゃwww」
アタシは持ってるクッキーを半分に割った。
「はい、半分こ」
「え、ええから姫様食べや」
「一緒に食べた方がお腹いっぱいになる気がするんだ」
そう笑うと ケンヤはうつむいて おおきに、と小さい声で言った後クッキーを受け取った。
まぁクッキーお前のだけどなwww
バサッバサッバサッ ギャッギャ
「・・・キメラ、帰ってきたみたいやな」
「うん」
「姫様、俺の後ろに隠れとって」
「え?でもケンヤ魔法使えないし武器も使えないよね?」
「ヒーリングなら少しできるし、剣なら少し強いで!まぁ剣今日持ってへんけど。あと足めっちゃ速い!」
「足wwww速くてもwwwwwwwここ空中の岩場だしwwwww剣ないしwwwwwwつかえねぇwwwwwww」
「な・・・!笑わんといて!!ええから!!姫様は隠れとって!!」
「けど・・・」
「大丈夫や!姫様には絶対指一本触れさせへん!俺が守るから!!」
(・・・・・)
そう言うケンヤの背中が すごく逞しく見えたこと
そしてそれが嬉しかったなんて 誰にも言えない秘密だけど
こんな状況なのに こっそり笑ったアタシは ギュウと彼の服にしがみついた。
(・・・こんなことしてるのバレたらオイカワにキレられるな)
(でも、今だけ)
今だけ、ケンヤに頼りたいと思うの
おかしいかもしれないけど、許して
(墓場まで持っていこう)
そしてキメラとの戦いを覚悟した時、ギリギリ逃げ出した御者とペガサスが王立騎士団を呼んできたらしく
あっけなく我々は助かった。
そのあとはもうアタシはオイカワに連れられ勝手に出歩くなと説教されるし
ユウジとかの無事も確認したけどケンヤとは話す暇なかったし
それでこの騒動は終わり。
めっちゃ怒られたけど。
もっと楽しい展開期待してたけど。
海にもどこにも行けてないけど。
15歳の夏。
記憶がないアタシの、大事な新しい思い出が出来たこと
話せる人がいないから 誰にもナイショにしておくことにした。(話せる人がいないってしんどい)