さおちゃんが経営関係のお仕事で忙しい間、アタシも忙しくしていた。
美容関係のお店を開くにあたり、内装や従業員の面接・教育など、プロデュースをしていたから。これもある程度さおちゃんと決めて、やっぱり店内は清潔感と高級感があるようにとか、接客する人たちも前世のデパートにいた美容部員さんたちのように美にこだわった人たちにして、服装もキレイ目な感じでいこうと話し合っていた。
そして、それを選ぶのがアタシの仕事で、内装も壁紙だといろいろ決めることが多くて…。
ハカタとお金の相談して「これくらいまでならOK」というところで選んで大変だよ。
それから、庶民向けにも販売したいから、貴族向けのコーナーと庶民向けのコーナーで分けて店内を作ってるし…。貴族の中には庶民と顔を合わせたくないという人もいるから、そういう人はお店の裏から入ってもらって個別に商品を説明できる小さな個室を用意。それから商品ももちろん最上級なものを用意している。
庶民をバカにしてるやつは態度がえらそうでムカつくけど、金払いはいいから良い顧客だ。ただし、庶民の従業員が接客すると怒るので、今回は男爵位の下級貴族と呼ばれる人も従業員で雇っている。
元々下級貴族は上位貴族の家で従者として働くことも多いし、貧乏貴族なら接客業なども体験している人もいるので、そういう人に任せることにした。多分ワガママ貴族の態度にストレス貯まるだろうから、少し大目の給料設定にしたら、割とみんな喜んで働いてくれる。口で文句はすごいけど、ストレスのはけ口を身内同士でやるならまぁ良いでしょう。(外にもらしたら契約違反で即クビ)
庶民のコーナーには庶民の店員さんで、話しかけやすい雰囲気の人にした。やっぱりなんでも相談できる人がいたらいいからね!
庶民はお金があまりないという人もいるので、最初は高くつくけど、お店で庶民向けの容器入りの化粧品を買ってもらって、2回目からは容器をキレイ洗って持ってきてもらうことで、その中に中身を詰めるという方法をとることにした。もちろん入れ物はこちらでも消毒してから中に詰めてる。
保湿成分の高いグリセリンは元々が捨てる素材だったことと、香り付きのエッセンスなどを入れず無臭のものにすれば、価格がグンと安くなるからだ。(ビタミンなども入ってるから、無臭でも多少いい匂いはあるよ)
化粧品が悪くならないように容器だけはしっかりと密封されるものを使わなければいけないから、必ず初回の購入は必須だけど、それでもリピートしたいと思ってもらえるくらいには良い商品だと思うよ。さすがにいろいろ薬品使ってる前世でいうユースキンとかオロナインとか・・・そこまでではないとしても、この世界ではかなり効果が高いですよ?塗って寝れば、あかぎれもかなり良くなるから。本当に保湿は大事。
商品も大事だけど、お店で接客する人の態度も非常に大切なので、面接は大変だったよね。一応人を見る目はあるから、今のところみんな良い子ばかり。警備の人は男性でお店の前に立ってもらってるけど、店員さんは一人を除いて全員女性にした。やっぱり女性がメインだからね。でも中には男性客もいるので、その対応をするために男性店員を置こうという話になった。その唯一の男性店員はソウザだ。
女性よりも美しい男性として超人気の店員さんになった。元々我が家の使用人なんですけどね。ソウザは準貴族のサモンジ家の次男で、昔から我が家に仕えてくれている一族。長男のコウセツさんは率先して化粧品にいれるエッセンスに使う花の栽培を手掛けてくれている。弟のサヨもお手伝いしてるし、すごくいきいきして楽しそうだ。
ソウザは美しいけれど男性なので、男性のお客様の接客も安心して任せることができる。女性の店員さんだと話しかけづらいっていうのもあるし、女性店員に不埒な真似をするやつもいるいから、そういう対処も兼ねて。まぁソウザ美しいから男性客も大いに照れてるし、ナンパ師たちはソウザを必死に口説く人もいるんですけね。ほほ笑まれたら女性店員よりも顔真っ赤にしちゃってるよね。ソウザのおかげで新しい扉が開いた人も多数いると思うよ!
そんなこんなで忙しい思いをしたけども、無事に美容関係のお店も軌道にのってきたので、今日は久しぶりにハンバーガー屋さんに来たよ。
美容関係のお店の売上?そんなものは聞かれるまでもなく大変潤ってます。何と言ってもこの国も女王様のお気に入りなのでね。お城に献上させていただいてから大口顧客ですわー。もうみなさんうちのお店がないと生きていけないということなので、地方にも2号店3号店の出店の話がすでに出ています。おカネガッポガポ。ハカタの笑いがますます止まりません。
「いらっしゃいませ!」
いつものスマイルで出迎えると、久々に見る金髪が見えた。手紙をくれたケンヤ・オシタリだ。
彼は私の顔を見て、破顔した。そんなに私に会えて嬉しいのだろうか。
「久々やな」
「そうですね、ちょっと忙しかったんで」
「そうなんか、どないしたんかなって心配したで」
「それはご心配おかけしました」
「いやいや、別にええねんけど…あ、今日はベーコンエッグバーガーのセットともう一つお持ち帰りで」
「はい、ポテトはLでよろしいでしょうか?」
「はい、それで」
「お飲み物はコーラですよね?」
「はい!」
そう言って、ケンヤ・オシタリは「覚えてくれてる…」といつものように嬉しそうな顔をした。
けっこう前世の時から男ってバカだと思ってるし、ナンパしてくるやつとか本気で嫌いだけど、この人はグイグイ来るわけでもなく、アタシの一言で嬉しそうな顔をするだけだから悪い気はしない。
(むしろ)
(ちょっとかわいいとか思っちゃったりして・・・)
(・・・へんなの)
手紙をもらってからも何回もお店に買いに来てくれたけど、しつこく名前を聞くこともなく、ただただ嬉しそうに商品を買って、美味しそうに食べて買えるだけだから、むしろ他の男と比べたら好感が持てる。
だからなのか、
その日はなんだか「もう少し話したい」と思ってしまって、
普段ならあり得ないけど、思わず声をかけてしまっていた。
「あの、」
「え?なんや?」
「これからこれ食べていくんですよね」
「そのつもりやけど・・・」
「・・・両方ともお持ち帰りにしませんか?」
「え?」
アタシは少し近くによって、小声で話しかけた。
「(これから休憩だから、外で一緒に食べませんか?)」
一瞬何を言われたかわからなかったのか、目をぱちくりさせただけで動きが止まってしまった彼の返事を待つ。
そして、次の瞬間には顔を真っ赤にして
「全部お持ち帰りでお願いします!!」
そう叫んだのだった。
(ふふふ)(顔真っ赤)
「はい、ではお持ち帰りですね」
「は、はい!」
「(すぐに行くので、お店の裏に回ってください)」
そういうと、真っ赤な顔でコクコクと頷いて、お金を払って商品を受け取ってくれた。そして、そそくさと店を出て行ったのだった。
アタシも後を追うようにみんなに「休憩入るね」と言ってハンバーガーを一つ手に取って休憩に入る。カシューが微妙な顔をしていたから、あとから怒られるかもしれない。お叱りは甘んじて受けよう。(怒られ慣れてるので)
この世界の貴族は、未婚の男女が二人きりでいるというのは醜聞であると言われている。男女二人きりだと何をしているかわからないということだと思う。家族や親族、婚約者や恋人ならまだしも、そうではない男女だと良い顔をされないのだ。
もちろん婚前交渉などもってのほかで、そんなことがあったら責任をとってすぐに結婚の話になるし、すでに結婚している人の場合(不倫とか)だと、女性のほうが「傷物」として扱われて、嫁の貰い手がなくなり一生独身で過ごすこともあるのだとか。
そういうことだから、我が家の使用人たちも「絶対に男と二人きりはダメ!」と口を酸っぱく言ってくる。こういう仕事をしているから尚更だ。
なので、あとで怒られると予想はついているのだ。
(でも、)(後悔はないな)
お店の裏には、従業員の休憩スペースとして長椅子とテーブルを設置してある。お昼時は一人一人休憩に入ることになっているので、アタシが戻るまでは誰も来ないだろう。
長椅子に座り、照れて顔を赤くして、でもとても嬉しそうに、幸せそうにハンバーガーを頬張るこの人を見ていると、なぜだか心がザワザワとするような、なんだかむず痒い気持ちになった。
(イケメンを目の前にご飯食べれるとか、普通に考えたら幸せじゃん?)
恋とか愛とかわからないけど、ただ好感のもてるイケメンがそばにいるというだけで、アタシは至福なのだ。
そんなことを考えていたら、意を決したように話しかけられた。
「あ、あの」
「ん?」
「な、名前、」
「・・・」
「名前、教えてくれへんやろか・・・」
「やっぱり、あかんかな・・・」そう小さく呟く彼に思わず笑ってしまう。ダメなんてことはないのに。
(そういえば、忙しくてあんまりお店にも顔出せなかったし、たまにお店で会っても返事出来てなかったんだよね・・・)
「ミーナ」
「え」
「ミーナだよ」
さすがに公爵令嬢がここで働いているとバレるのはまずいので、変装もしてるし、偽名も使うことにしている。大体みんな「店長」って呼ぶけど、一応何かあれば「ミーナ」と呼ばれていた。(マナミをひっくり返して、マをとっただけなんだけど)
さおちゃんとお揃いで、でもアタシのほうが少し金色が強いピンクゴールドの髪も、事前に黒墨を入れることでグレーかかった髪色になっている。その髪をキュッと三つ編みにして、度のないメガネをかけたらハンバーガーショップの店長、ミーナの出来上がりだ。
「ミーナ・・・・・・あ、お、俺はケンヤって言います!!」
「手紙に書いてあったから知ってるよ」
「せ、せやな、手紙に書いたわ!」
「ケンヤ様・・・って呼んだほうがいいのかな」
「いや、ケンヤでええで」
「じゃあ、ケンヤ」
「!? あ、お、俺も、」
「ミーナでいいよ」
「・・・ミーナ・・・」
「ケンヤはどこから来たの?なまりがあるけど」
「俺は西の国やで」
「そうなんだ、医師の勉強してるって書いてたけど・・・」
「せやで、ここの国は医療の発達が進んでるから留学しに来とるんや」
「そうなんだ、えらいね勉強しにきてるなんて」
「いや、全然やで!それにミーナのがすごいやん!俺とそんなに変わらん歳やのにめっちゃ働くし・・・いつもミーナが頑張っとるから、俺もがんばろって思うててん」
「そ、そうか・・・」
アタシのこと、いつも見てるのは知ってたけど、改めて言われると照れるな・・・
ケンヤを見ると、ケンヤもハッとした顔で自分の言ったことに照れているみたい。
二人で恥ずかしがってしまって、なんだこのむず痒いのは!と思ってしまった・・・
「あ、あのさ、いつもお持ち帰りしてくれるけど、帰ってからも食べてるの?」
「ああ、あれは一緒に留学に来てるやつに土産で買っとるねん」
「へぇ」
「いろいろあってな、あんまり気軽に外に出れるやつやなくてな・・・」
「そっかぁ~」
多分、貴族のお仲間がいるんだろうな。ケンヤは留学できるくらいの経済力と身なりから貴族なのはわかるけど、こうして気軽に出歩けるなら、男爵~子爵くらいの身分なのかもしれない。
となると一緒に来てるって人は伯爵~公爵の上位貴族かな?と勝手に予想する。
(貴族なの隠してるっぽいから詳しくは聞く気はないけど・・・)(まぁ、こんなところ一人でウロウロしてたらまずいからね貴族の息子が)
「そいつも美味いって食ってるで!ほんまにこないに美味いもん、初めて食ったわ!」
「西の国には美味しいものないの?」
「あ~・・・うちの国も美味いもんあるけど、もっと薄味やねん」
「そうなんだ、どんな物があるの?」
「小麦粉と卵とキャベツを合わせて焼いた食いもんとかが多いなぁ・・・」
「(あー前世で言う“粉もん”かな?)ソースとかはどんな味なの?」
「ソース・・・?上から味付きのスープはかけるけど、そこまで味の濃いもんとちゃうからなぁ」
なるほど。
いわゆる、粉もんのお好み焼きとかはあるけど、ソースまではまだ上手に作れてないのかな?と予想する。この世界は本当に味が薄いから・・・。
野菜を煮込んで味に深みを出すってことを知らない。野菜は食べるものだから、煮たら煮汁は捨てちゃうし、むしろ煮汁を食べるということはありえないって感じだから。
だから、コンソメ改良するときも大変だったんだよね。コンソメって、ちょっと鶏肉ゆでるだけだったから薄味だったの。元々鶏肉ゆでる時のゆで汁を使っただけだから、鶏肉が茹で上がったらそれで終わり。その煮汁は一応コンソメとして使うし、鶏肉も茹で上がったらそれを料理に出す・・・みたいな感じで。
だから、鶏肉と野菜を一緒に何時間も煮込んで味に深みを出したら、本気で驚かれたよね。そのコンソメを元に更に野菜とか肉を入れて煮込むことで味がどんどん濃くなる。
我が家のコンソメはそれで劇的な進化を遂げたけど、そういう手間暇かけるような発想はまだこの世界にはないからなぁ・・・。
お好み焼きソース・・・作りたいけど、あれって確か中濃ソース(ブルドックソース?)とケチャップと醤油を混ぜるはずだ・・・。
ここでも醤油・・・醤油の壁は高いな・・・。醤油があればいいのに・・・醤油・・・大豆がほしい・・・。
「いつか最高に美味しいソースを作るね・・・」
「うん?おん・・・」
不思議そうにこちらを見るケンヤに美味しいものを食べてもらうために、ソース作りを決意する。私は、必ず、この世界の食を改革してみせる!!!
マジで頑張る。もっともっと頑張る!!
改めてそう決意を新たにするアタシに、ケンヤは恥ずかしそうに話しかけてきた。
「あ、あんさ、」
「うん?」
「また・・・こうして話してもらえるやろか・・・」
「あ、うん。お店に来てもらえたらいつでも話せるよ、お客様は神様なので」
「あ、いや、あの、こうしてまた二人きりで食事食べてもらえたら・・・と・・・思うとるんやけど・・・」
顔を赤くするケンヤにこちらも恥ずかしくなってくる。
前世からしたら、今のケンヤは年下だと思うし、とても可愛く感じるけど、目の前でこうしてみると、背も高いし手も大きいしアタシも思わず照れてしまう。
なんだか、ずっと調子が狂いっぱなしだ。
(うちの使用人もイケメン多いけど・・・)(みんな照れたりしないで普通に接してくるし・・・)(むしろからかわれることも多いし・・・)(純粋に好意を向けられると恥ずかしいもんだな・・・)
「う、うん・・・人がいなかったら休憩入りやすいし・・・そしたらまたここで一緒に」
「ほんま!?・・・めっちゃ嬉しいわ。忙しい時は全然ええからな!?」
「うん、それは仕事優先にさせてもらうけど・・・」
「おん、それでええよ、ほんまにたまにで・・・」
『外で会いたい』とか『休みの日に出かけたい』とか『毎日会いたい』とかなら、多分アタシは断っていただろう。さすがに誰にもバレずに外で会ったり、頻繁に会うことは出来ないと思う。(どこに行くにも護衛が付いてくるし)あからさまにガンガンこられる感じもちょっと嫌になる。
いつでもうちの従業員たちが来れる距離で、しかも仕事の休憩中のみ(そしてたまに)・・・という提案だからすんなり飲めたのだ。やっぱりガツガツしていないところは好感が持てる。
たった30分ほどの短い休憩だったけど、それでも彼は満足そうに「ほな、仕事頑張ってな」と去って行った。
アタシは店に戻って、再び仕事を開始する。
あの人はアタシを見ると頑張ろうと思えるって言ってくれたけど、アタシのほうこそ、なんだかやる気がわいてきて、残りの時間も頑張ろうと思えてくる。
「・・・アルジ、あとで話あるからね」
「・・・はい」
低い声で呟くカシューの声に「あーこりゃグチグチタイムが長いかもしれない」と思いつつ、残りの仕事に励むのだった。