「そんな緊張せずとも・・・」
「いや・・・緊張するやろ・・・」
なんだかんだで付き合い始めてから半年。
今日はアタシの実家に謙也を招くこととなった。つまり、うちの両親と初・対・面である。
「めっちゃあかん、ほんまにあかん。心臓飛びだしそうや・・・」
「大丈夫だって、そんなに緊張しなくても」
「せやってなぁ・・・彼女の両親に会いに行くのに緊張せぇへんほうがおかしいやろ・・・」
「本当に大丈夫だよ」
「俺緊張して昨日一睡もしてへんで」
「いや、昨日アタシよりも先に寝ていたけども」
「え!うそやん!」
「めっちゃいびきかいてたから、蹴ったし」
「どーりで横っ腹痛かったわけや!」
「そこまで強く蹴ってないと思う」
行きの新幹線の中で、緊張したと言ってソワソワしている謙也は、いつもに増して落ち着きがないように見える。
まぁ…気持ちはわからないでもないけど…
そもそも、謙也と私がどうして実家に行くことになったかというと、あのお騒がせカップルのせいである・・・
* * *
3ヶ月前———————
「え・・・?うそでしょ・・・?」
ガンッ!!
思わずスマホを落としてしまったアタシは悪くないと思う。
さおちゃんが電話の向こうで焦っている声が聞こえる。
それよりも、現実を受け止められない。さおちゃん今なんつった?
『ちょっと!電話落としたしょ!?びっくりしたんだけど!!』
「いや、それは仕方がないわ、落としても仕方がない反応だった絶対」
『あ、うん・・・ごめん・・・』
「それで、何ていったの?」
『いや、それが・・・OKしちゃって・・・』
「な ぜ だ !!!!」
ガンッ!!
今度はスマホを落としたのではなく、目の前にあったローテーブルに頭をぶつけた。
頭が痛い。
これも全てあいつのせいである。
『ちょ、ちょっと、大丈夫・・・?』
「大丈夫なことあるか!!なんでOKしちゃったんだよ!!!」
『ごめん・・・』
さおちゃんと白石がすったもんだの末付き合い始めてから3ヶ月。
信じられないことに、さおちゃんってば・・・プロポーズされたらしい・・・。
ねぇ・・・3ヶ月って早過ぎない・・・?お前、付き合って3ヶ月って早すぎるだろう・・・。
なんで同棲の次はすぐ結婚なんだよ・・・?もう少し落ち着いてからでも良いだろう・・・。
もう、本当に白石といえばポンコツすぎていまだにあの時のことを思い出したらイライラするのは私だけなのか?
私の感覚がおかしいのだろうか?
「はぁ・・・どーせさおちゃん言いくるめられたんでしょ・・・」
『言いくるめられたって・・・プレゼンはされたけど・・・』
「同じじゃん」
『まぁ同じだけど』
「なんて言われたのさ」
『う~ん・・・付き合った期間は短いけど1年間住んでたからお互いのことよくわかってるとか、結婚してたほうがいろいろ手当がもらえるとか?他にもいろいろ言われたけどなんか気づいたら結婚することになってた』
「だからなぜ!!!!!」
とうとうリアルorzになった私・・・
ちなみに今は家に一人だから誰も慰めてはくれない。謙也はよ帰ってこい!と心の中で叫んだ。
もう、これどう考えても白石が結婚したくて囲い込みに入った状態なんだろうな・・・
あいつモテるらしいから、そういうのも嫌なんだろうし、なんか独占欲強そうだし(キモイ)
前にテニス部の飲み会行った時もものすごく自分のもの扱いしてたし(キモイ)
まぁ、もういい歳だし、一緒に暮らしてる手前結婚しない理由はないんだけど、それにしても付き合って3ヶ月でって早過ぎないか・・・?
「はぁ・・・まぁなぁ・・・いい歳だしなぁ・・・結婚してもおかしくない歳だもんなぁ・・・はぁ・・・でも素直に祝えない・・・」
『祝わなくていいけど・・・』
「で、どうするの?親の挨拶とか・・・」
『あーそれが、来週に挨拶行く予定でさ・・・』
「え!?だからなんでそんな早いのさ!!」
『わかんない・・・でもまず挨拶しないと何も決められないって言って、飛行機のチケットぽちってた。二人分』
「え?いつさ?」
『来週の水木で行く予定なんだよね。ちょうど二人とも休みで、母さんに聞いて夜どっか食事いこうっていうことになった』
「ふぁーーーーー」
『だからちょっと親に会いに行ってくるわ・・・』
私も急展開すぎて何がなんだか・・・ってさおちゃんは言ってて、本当になって思った。
まじでここに白石いたら殴りたいよ。
殴るどころか蹴りたい。
とりあえず、「頑張ってね」とさおちゃんに声を掛けて電話を切った。
白石に対しては殺意しかわかないし、一生あいつのことは親族だと思うことはないだろうと思う。
その日は、謙也が帰ってくるまで何もする気力がなくて、ソファでボーっと過ごしていて謙也に心配されたのだった。
* * *
ということがあり、白石の挨拶が終わってから、謙也もやはり挨拶くらいは大人として行っておこうと言い出して今に至る。
白石に触発されたというか、片方が同棲からの結婚で進んでいるのに、さすがにこっちも何もないのは・・・と思ったらしい。
でも、特にプロポーズみたいのはないので、普通に「今お付き合いしてます」っていう挨拶くらいだ。
(ま、すぐに結婚・・・っていう感じじゃなくてもいいけどさ。)
今の病院だって、いつまでいるかわからないし、だからと言って親の病院をすぐ継ぐわけでもないし・・・
そもそも研修医終わったばかりのぺーぺーだし。
だから、動けないのは知ってるんだけどね。
(いつかは、って考えてくれているのだろうか・・・)
そう思いながら、隣で緊張している謙也を宥めるのだった。
■謙也ver.
白石から嬉しそうに結婚報告を受けて、散々もめてたくせに何なの!?と怒っていたまなみに激しく同意した。
いや、ほんまにな。俺かて白石たちがゴタゴタもめてるせいでなかなか告れんかったのに、さっさと結婚するってどういうこっちゃって思ったもんな。
(それにしても白石めっちゃ嬉しそうやったな・・・)
(俺結婚するわー!って報告してきて・・・)
(そっからの行動もめっちゃ早かったし・・・)
(どんだけ結婚したいねんって思うたわ)
(いまだにバレンタインとか逆ナンとかもすごいらしいしなぁ・・・)
(結婚すればそういうのもなくなるよな!って期待しとったけど、絶対なくならんと思うけどな)
(人のもんを欲しがる女は多いってまなみが言うてた)
(はぁ・・・まぁ、めでたいことやけどな、なんでやろ、素直に喜べへんのは・・・)
(そもそも、あいつ、独占欲昔からすごいしな)
(すぐに自分の懐にいれたがんの、変わっとらんなぁ・・・)
大学の友達はまだ医者になったばかりであまり結婚はしてへんけど、中学とか高校の同級生なら結婚したっちゅー話はもう聞いとるし、結婚してるのは普通の年齢にはなってきたけどな。
さすがに付き合って3ヶ月は早いやろと思うた。
(まぁ他人事やから俺が口出しすることやないしえーけど)
っちゅーことで、あの二人の話を聞いてたら、ハッと気づいた。
あれ?俺は挨拶行かなくてええんか?
と。
まなみは別にええって言うけど、大人としてどうなん?って話やろ。
一緒に住んでて挨拶ないのは、確かに俺が親やったら「なんか後ろめたいことでもあるんやろか」と思ってまう。もしくは遊びだろうかと心配になるやろ。
自己中な人たちだから気にしなくていいって言っとるけど、そうもいかん。
ちゃんと挨拶に行って、今すぐではないけど、そのうち一緒になる気はあるって姿勢を見せることが大事なんとちゃうか!?
と思い立って、まなみになんとかセッティングしてもらうたけども。
緊張で死にそうです・・・!!!
彼女の親に挨拶ってこないに緊張するもんなんやなと思っているわけです。
(白石すごいな・・・)
(ねぇちゃんのが緊張しとった言うてたもんな)
(話聞いてたよりも全然ええ人たちやったで!頑張れよ!って先輩面してアドバイスしてきた白石に腹立ったくらいやわ)
(むしろ会うのが楽しみやったって、そんな情報いらんかったわ・・・)
(お前の鋼メンタルの話は別に聞かんでよかった・・・)
(ますます比べて、自分が不甲斐ないわ・・・)
「謙也大丈夫?お茶のみな?」
「お、ああ・・・すまんな」
「大丈夫だよ、さおちゃんと白石が謙也のことすごい褒めてたらしいから良い印象しかないよ」
「ハードル上がっとるやんけ!」
「平気でしょ、多分気に入られると思うよ謙也は」
「あ、ほんま?そう思う?」
「思うよ。医者連れてって気に入られないわけないわ」
「あ、そっちか・・・人間性のほうでも気に入られたいんやけど」
「なんでネガティブになってるのさ、いつものポジティブさはどうした」
「彼女の親に嫌われたくないやんけ!」
「ふふっ、必死すぎてうける」
「うけへんよ・・・白石すごいなぁ・・・緊張しなかったったちゅーてたし・・・」
「でも、あたしはね」
「おん」
「謙也のが多分、うちの親気に入ると思う」
「え!?」
「だから大丈夫だよ」
「・・・おん、わかったわ、ほな堂々と挑むわ」
「うん、そうしな」
「おん、おおきにな」
「いや、特に大したことはしてないけどw」
「ほな、着くまでしりとりしよ。まなみ、『み』やで」
「なぜ突然始めたwwwしかも『まなみ』から始まるのうけるwww」
「ええから、早よ!『み』!」
「わかったよ、えーっと・・・」
こうしてしばらく二人でしりとりしつつ、目的地まで時間を潰すのやった。
緊張もすっかり癒え、これなら普通にちゃんと挨拶できそうやと胸を撫でた。
* * *
結論から言うと、普通にええ人たちで賑やかな雰囲気の中、挨拶は終わった。
もちろん、将来のことは考えとるけど、今の仕事がどうなるかわからんことと、医者になったばっかりやからもう少し仕事に慣れてから考えていきたい、っちゅー話をした。
それから学生のころの話とか、白石のこととか、仕事の話とかをして滞りなく挨拶というなの会食は終わり、お土産をいっぱい渡されて帰路についた。
二人とも初対面の俺にも気兼ねなく話してくれて、さすがまなみのご両親やなと思った。
うちの親は大丈夫やろかと逆に少し心配になったけどな。
おかんなんてはしゃぎそうやなー・・・
女の子おらんからお嫁さん早く連れてきて!って昔から言われとったし・・・
まぁまなみならきっとうまくやってくれると思うし、心配はしとらん。
そっと隣に目をやるとウトウトしている彼女が目に入る。かわええ。
肘掛に置いていた手をそっと握ったら、めっちゃぽかぽかしてる!
こりゃ眠いな。眠くて体温上がっとるやん。子供体温かわええ。
やっぱり、なんだかんだ言って移動も疲れるもんな。
そう思いながら、彼女に声をかける。
「・・・眠そうやな、ついたら起こすから寝ててええで」
「んー・・・」
「泊まってけば良かったやん、お義母さんもそう言っとったのに」
「だって謙也帰るって言うから」
「そら、初対面で泊まれるはずないやん」
「別に気にしなくていいのに、白石も遠慮して近くのホテルに泊まったらしいし」
「いや、そらそうやろ、初対面で止まる勇気ないわ、俺らは日帰りの距離やしな」
「うん、わかってるよ。だから一緒に帰るんだよ」
「え?」
「謙也と一緒のが、落ち着くんだもん・・・」
は・・・?
(やば・・・)
普段は聞けないような破壊力抜群の台詞を告げた彼女の瞼はすでに閉じてしまっていて。
耳まで真っ赤になった俺の顔が新幹線の窓に映っているのを見て、ほんまになんちゅー爆弾を呟くのだと思いながら彼女のほうをもう一度見た。
今寝たら夜寝れないやろなーとか、明日も休みやしそしたらなんか二人で映画でも見るかーと彼女と一緒に過ごす今夜のことを考える。
(あーほんまに・・・)
一緒に暮らし始めて、ほんまに幸せで。
でも、付き合った今はそれ以上の幸せを知った。
付き合ってから、今まで以上にご飯も作ってくれるようになって、一緒にスーパーにいくことすら楽しくて。
付き合う前は部屋にこもってしまうことも多かった彼女は、今では何かするにも隣にいてくれるようになった。
それがまた嬉しくて嬉しくて。
氷帝のメンバーが来たりすることも多いけど、付き合い始めてからは少し気を使ってくれてるのが頻度も減ったし。
こんなに幸せになるとは、あの時、ルームシェアを渋った俺に教えてやりたい。
『絶対幸せになれる優良物件やで』と。
彼女が俺の隣を落ち着くと言ってくれるなら、それに一生応えていかんとな。
「あーもう絶対離されへん・・・」
そう独り言ちた俺は、目的地に着くまで今夜観る映画は何にしようか考えるのやった。